いだてん 39話。 【いだてん】39話あらすじ(ネタバレ)(10/13)小松勝の最期は?五りんは金治?!

大河「いだてん」の分析【第39話の感想】 あるマラソンランナーの死と、戦死者たちの鎮魂|miyamoto maru|note

いだてん 39話

『いだてん』第35~第39話感想です。 『いだてん』レビューは、1か月半以上ぶりです。 ご無沙汰してます。 ところで、と同じ放送局であるの 『有田Pおもてなす』という番組が好きでして。 この番組にの宣伝もあって、くんがゲスト、コントにとバイきんぐが登場するという番宣を見かけて、 もバイきんぐも好きなので観よう!と思ったのに併せて、貯めていた 『いだてん』も視聴再開。 ちなみに、この番組のコントは、は若干すべったと思うし、ネタ的にがギリだったように感じた反面、 バイきんぐの西村は圧倒的に面白かったです。 最終話(第47話)は是非リアタイで一緒に盛り上がりたいので、そこまでの間には全部観たいと思います。 ()は委員会の最終選考で素晴らしいスピーチを披露したが、アジア初のオリンピックを東京で開催するという悲願を遂げたにも関わらずベルリンの大会を目の当たりにした嘉納は、喜びとは裏腹の重圧に押し潰されそうになっていた。 は、ドイツのの息がかかりものものしい大会となっていたが、日本代表選手がマで初のメダル獲得、女子水泳()の試合が行われ日本中が次回オリンピック開催と前畑フィーバーに沸いていた。 が終わり、4年後の大会に向け準備を進める嘉納だったがかねてから一触即発だった中国との間にが勃発してしまう。 日本をあげてのオリンピックに向けての組織が組まれていたが、戦争で経済的にも物資的にも人員的にも逼迫している中、日本でのオリンピックの開催を共に夢みてきていた仲間の中からもオリンピック反対論が巻き起こる。 ()は、ロス五輪での国や人種を超えたスポーツの祭典を日本で開催したい、今はその時ではないと嘉納に直談判をし、辞退をするように進言するが嘉納は拒否、エジプトでのの委員会で東京での開催を危ぶむ声を封じ込めてしまう。 しかし、エジプトからの帰路の途中、嘉納は病に倒れてしまう。 偶然乗り合わせた外交官の平沢()に、オリンピックへの熱い思いを語った直後だった。 日本では港で嘉納の帰りを関係者が待ち受けていた。 田畑は平沢から嘉納の思いを受け取る。 嘉納というリーダーを失い、戦争が激しさを増す中オリンピック開催反対への声が激しくなる中、副島()は苦渋の決断をする。 オリンピックの東京開催が中止になり、金栗()はに出場させようと東京に連れてきていた小松(仲野太賀)を連れて熊本に帰ろうとするが、ハリマヤで住み込みで職人の修行をしていたシマの娘りく()に恋をしていた小松は、りくに求婚。 2人は結婚し、息子の金治を授かったが、小松に召集令が下り出征することになってしまう。 一方、の祝勝会で一席設けることになった()はで倒れる。 一命をとりとめ、意識も回復しただったが、妻と娘たちに禁酒を強いられるのを嫌がり弟子の五りん()に秘密を守らせ酒を調達させた。 そして五りんに、に慰問した当時の戦時下の話を語り出す。 第35話~第39話までの感想です。 朝ドラとかもそうなんですけど、日本の近代史を語るうえで外せない日本の戦争問題。 人類が誕生して集団生活するようになってからずっと、現代にいたるまで地球のそこかしこで行われている戦争。 生きにくい世の中とはいえ戦争がなく、食べるものが豊富にある国と時代に生まれたものとして、 戦争という理不尽に巻き込まれた人々の生活を見るのはやっぱりしんどい。 今は大丈夫だけど、これからそういうことがないともいえないし、そうなったら真っ先に死ぬランクな国民だっていう自覚もあるし。 そんな戦争エピソードですが、今回の 35~ 39の 5エピソードでなんとか終わってくれました。 シマちゃんの娘のりくちゃんが、五りんのお母さんなんだろうなとは思っていましたが、お父さんが小松君だとは思っていなかった。 最後、のところに弟子入りした五りんと小松くんを繋ぐ展開は相変わらずお見事でした。 『いだてん』冒頭から出ている小道具のハガキが、約40話の脚本を経てやっと話が繋がるっていうその場しのぎじゃないストーリーにいつもびっくりさせられる。 視聴者はにも、五りんにも小松くんにも愛着を持っているし、それを 多少強引かもしれないけど、観ているこちらは特に不自然に感じることもなく時代と繋げて1つの印象深いエピソードにするなんて やっぱり天才だよなー。 さらには、 演じるくんの熱演で、くやしくて泣きました。 まーちゃんの上司の竹虎(リリーさん)の 「嘘でもいいから」が重かった。 戦争を始めてしまう人だけに言えることだけじゃないけど、 支配欲とか征服欲とかお金って本当に厄介だね。 自分の大切な家族や友人と、毎日他愛のないことで笑って美味しいご飯を食べて過ごすことよりも、見ず知らずの人に対して力や権力を誇示したい欲求にかられたり、そのためにお金が欲しかったりすることって悲しくないのかな。 そのために不幸になる人のことを考えられない人が定期的に出てくるような世の中に、なぜ神様はしてしまったんだろうと、戦争の辛いエピソードを見るたびに思わずにいられない。 そして、今回の五話で辛かったのは、戦争ももちろんですが、ずっとそこに居た 治五郎の死です。 日本のスポーツの発展に最後まで尽力した治五郎にオリンピックを見せてあげたかったなー。 まさに人柄だけで色々乗り切ってきた典型のようなキャターでしたし、本来ああいう無鉄砲な人はあんまり好きじゃないのですが、 治五郎は好きでした。 日本が初めてオリンピックに参加してた時からこちらはずっと観てるし、羽田の予選会やオリンピックのことを語るシーンはグッときました。 は歴史ものが多くて、それでも今回は近代史だから、存命の人もたくさんいるけど、戦国時代なんかは描かれるかどうかは別として 全員死亡がネタバレしてるの辛い。 特に今年は、ちょっと 個人的にドラマの登場人物の死に対してナーバスになっているので・・。 そして、最後に明るい話題で締めくくり。 の前年に、日本人女性初の五輪金メダルを獲得した選手の物語がとして放送されたことは非常に意味のあることだったと思います。 前回のロスのオリンピックで0. 1秒の差で負けて、に銀メダルだったことを責められてから4年の間に、プレッシャーと戦い偉業を成し遂げた選手が居たということは事実だけれど、 スポーツ選手に国を背負わせてはいけないと思った人も居たと思うし、前畑に 「頑張れって言わないで!」とキレられたまーちゃんがオロオロしていたけど、やっぱり応援の気持ちを端的に伝えるには 「頑張れ」しかないんだよな。 前畑みたいに思うスポーツ選手もいると思うけど 「頑張れ」にはいろんな思いが込められていて、応援している人が勝ったら嬉しいけれど、それだけじゃないから。 それにしても、1話40分の間に、合計で何回 「がんばれ」という言葉が耳から入ってきたのかと思うほどの 「がんばれ」の雨でした。 頑張る前畑にも、頑張れを頑張る応援の姿にも素直に感動しました。 あと、マでは優勝した選手が日本人じゃないことに言及していたところも素晴らしかったと個人的には思いました。 この先もっと、いろんな出自や肌の色の日本代表が増えるだろうし わたしは全然問題ないと思う派だし、そういう風潮が広まれば、余計なことを考えずにもっと選手が楽に大舞台に臨めると思う。 1940年のオリンピックから20年以上経過した1964年までの軌跡がこれから最終話まで(?)描かれると思うので、あとはトラブルがあったとしても 基本的には高度経済成長の始まりの時代だから、そんなに暗い話にはならないといいなと思います。 まーちゃん、最後まで頑張れ!! 「あれがなにして、今日はあれするから!」の難解不明な日本語をさくっと解明されて 「あれを何なさるんでしょ」と返されている田畑夫妻最高です(笑) <広告>.

次の

いだてん39話NHK大河ドラマ動画フル視聴見逃し配信【懐かしの満州】はこちら

いだてん 39話

NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」全話 VOD 動画配信サービス UNEXTで1話〜最終話まで 高画質なフル動画配信 【U-NEXT(NHKオンデマンド)】オススメする秘密 【U-NEXT】では無料トライアル特典でももらうことができる 『加入特典600円分』のポイントで月額料金ポイントを支払うことができます。 さらに、見たい話だけのポイント支払い可能なので見逃し視聴なら 【完全無料視聴】が可能です。 無料期間中に解約すれば本当に完全無料です。 解約金も一切ありません。 その場合ずっと特典ポイントにて「無料」で視聴可能。 私がUNEXTを使い始めたきっかけは海外人気ドラマ「ウォーキングデッド」にハマったからです。 実はhuluでそのドラマを見ていたのですが最新シリーズがなかったので、ちょっと高かったのですがUNEXTを試してみたのがUNEXTとの出会いでした。 動画配信サービスはその後いくつも試しています。 その中で一番お世話になっているのがUNEXTです。 理由は2つ。 他では見ることができないNHKのドラマが見れること。 NHKというと朝ドラとか大河ドラマを連想しますが、実はNHKは面白い連続ドラマが多いんです。 さらに継続ポイント1,200円分を利用して。 雑誌や最新の映画も楽しむことができる点です。 海外ドラマの最新シリーズも多いので月額料金の安さよりタイトルの豊富さがUNEXTを使っている一番の理由です。 無料ドラマ見逃し配信民放放送ではないのでではご覧いただけません。 U-NEXTをご利用ください。 いだてん~東京オリムピック噺 ばなし 39話長いお別れドラマ動画あらすじネタバレ 志ん生(ビートたけし)は一命をとりとめ、五りん(神木隆之介)に満州への慰問興行のことを語りだす。 孝蔵(森山未來)は五りんの父、小松勝(仲野太賀)と出会っていたー (39)「懐かしの満州」 脳出血を起こして倒れた志ん生(ビートたけし)は一命をとりとめ、弟子の五りん(神木隆之介)に、戦争中に満州へ兵士たちの慰問興行に行った時のことを語りだす。 三遊亭圓生(中村七之助)と共に満州を巡っていた孝蔵(森山未來)は、五りんの父、小松勝(仲野太賀)と出会っていた。 やがて終戦。 おりん(夏帆)は帰国しない孝蔵の消息を占ってもらおうと、日本橋のバー、ローズを訪ねるが、そこに田畑(阿部サダヲ)が現れる。

次の

「いだてん」第39話は“全編”美濃部孝蔵 森山未來「壮大な伏線回収 凄い」満州で「富久」大きな到達点― スポニチ Sponichi Annex 芸能

いだてん 39話

スポンサーリンク 嘉納治五郎の死去 1938年(昭和13年)になると日中戦争のために物資が不足し、オリンピックのための競技場の建設にも支障が出始めます。 すると国内では東京オリンピック開催に対して反対意見が広まっていきました。 一方、カイロで開催されたIOC総会では、1940年開催地を争って敗北したフィンランドから、東京開催の中止とヘルシンキでの代替開催を求める声が上がります。 各国のIOC委員たちは日中戦争を理由に開催返上を日本に促しますが、の尽力により一旦は返上を回避しました。 しかし、その後IOC会長・ラトゥールの元には東京開催反対の電報が各国から寄せられ、ついにラトゥールも開催辞退を持ちかけてきます。 そしてこのカイロIOC総会からの帰路、嘉納治五郎は肺炎を発病。 たまたま船で居合わせていた外交官・に看取られて船上で死去してしまいました。 嘉納治五郎の遺体は氷詰にして持ち帰られ、横浜港では棺にオリンピック旗をかけられて船から降ろされたといいます。 きっと、嘉納治五郎の亡骸をみて金栗四三、田畑政治らが号泣するような回が用意されでしょう。 一方、平沢和重はこの事がきっかけで、田畑政治の東京オリンピック招致へ深く関わることになっていきます。 スポンサーリンク 太平洋戦争 太平洋戦争中はスポーツ自体が厳しく統制され、日本では各連盟が自主解散していきました。 しかし、田畑政治はこれに同調することはなく「日本水上競技連盟」を残します。 戦争自体はドラマの中であっという間に終了すると予想されますが、徴兵されて満州で戦死するであろうとの別れなどが悲しく描かれると思います。 田畑政治の戦後 戦後、オリンピックは第14回大会開催地にロンドンが選出されました。 「日本水上競技連盟」を解散しなかった田畑政治は戦後になって各連盟に先駆け、「日本水泳連盟」が発足させて日本水泳界を牽引し、「日本オリンピック委員会総務主事」に就任してロンドン・オリンピックへの選手派遣を目指します。 また、田畑政治は朝日新聞の東京本社代表取締役に就任するなど大きく境遇が変わっていきます。 ロンドン・オリンピック 戦争の爪痕が残るロンドンで各国の選手が再会し、平和を喜び合いますが、日本とドイツは戦争責任を問われ、参加を拒否されたために出場することができませんでした。 田畑政治は水泳で好記録を出していた古橋廣之進だけでも出場させようとしていますので、この拒否決定には間違いなくブチギレするでしょう。 「日本を明るくするため」と語っていた田畑政治は、このあと策士としての能力が爆発します。 こののち、田畑政治は水泳日本選手権を行い、古橋廣之進や橋爪四郎らに世界記録を更新させます。 しかも、この決勝はロンドン・オリンピック水泳決勝と同日に行いました。 「ざまあみろ」という田畑政治の思いもありましたが、この結果は日本人に勇気と自信、誇りを与えることとなりました。 スポンサーリンク 国際復帰と2度目のロサンゼルス 田畑政治の筋書き通りにロンドン・オリンピックの記録を上回った日本水泳陣の記録にはIOCは驚きの色を隠せませんでした。 そこで田畑政治はかつてのライバル、アメリカ水泳監督・キッパスに協力を仰いで日本水泳連盟を国際水泳連盟へ復帰させることに成功します。 占領下にあった日本にあって、この田畑政治の行動はマッカーサーから高く評価され、日本水泳陣はロサンゼルスで行われた全米選手権に招待されることとなりました。 そして思い出の地・ロサンゼルスに再び戻ってきた田畑政治率いる日本水泳陣。 ここで古橋廣之進や橋爪四郎が世界新記録を連発すると、世界の日本に対する世論が変り始め、この大会を期に日本の各競技は続々と世界連盟へ復帰して日本はオリンピック出場権を再獲得することになりました。 オリンピック出場と高石勝男との対立 1952年(昭和27年)、ヘルシンキ・オリンピックで田畑政治は日本選手団長を務めて選手を派遣しました。 しかし、結果を残すことはできず、さらに1956年(昭和31年)のメルボルン・オリンピックでも惨敗してしまいます。 この日本水泳界の低迷に危機感を覚えて立ち上がったのが日本水泳連盟大阪支部長・です。 改革を訴えた高石勝男と田畑政治は会長の座を巡って対立。 田畑政治はなんとか勝利したものの、水泳界を混乱させた責任ですぐに辞任となってしまいました。 こんなところで、まさかまーちゃんとかっちゃんの争いが起こるとは。 スポンサーリンク 問題のインドネシア・アジア大会 東京オリンピック開催を受け、田畑政治は1959年(昭和34年)に東京オリンピック組織委員会の事務総長しました。 ところが1962年(昭和37年)、インドネシアで開かれたアジア大会への強行出場したことが原因で猛バッシングを受けます。 この大会はインドネシア大統領・スカルノが政治立場上の理由から台湾とイスラエルの参加を拒否したため、大会憲章に違反しているとされていました。 スカルノ大統領は、デヴィ夫人の旦那ですから本編終了後の「いだてん紀行」ではデヴィ夫人が出てくると面白いですね 笑。 そして帰国後、田畑政治は不仲であったオリンピック大臣・川島正次郎によって事務総長を辞任させられました。 東京オリンピック 1940年東京オリンピック返上を一番に訴えていた河野一郎は、1964年大会開催時に建設大臣および五輪担当国務大臣を務め、嘉納治五郎たちの夢「東京オリンピック開催」に大きな貢献をすることになりました。 一方、田畑政治は自らが呼び込んだ東京オリンピックでは選手の応援に徹しました。 この時、日本水泳の総監督はでしたが、他の競技に比べて水泳陣の成績は振るわず、銅メダル1個という結果に終わっています。 このままでは最終回がしまらないので、なんらかの感動の場面で有終の美を飾ることになるのでしょうね。

次の