玉城 デニー。 玉城デニーはハーフで娘は玉城ティナ?父親・妻や本名を調査!

玉城デニー県知事「尖閣では中国に配慮を」と石垣島民を植民地人扱い!問われる野党の野合の任命責任

玉城 デニー

令和になって初めての 沖縄全戦没者追悼式で 玉城デニー沖縄県知事の他に 安倍首相も参列してましたが 「うそつき!」「帰れ」とか 沖縄市民の痛烈なヤジが安倍首相に 飛んでいました。 最近の安倍首相って なに言われても動じない 暖簾の袖押しって感じですよね。 辺野古の基地建設は撤回することは できそうにないと思いますが、 こうゆう状態で沖縄県知事の立場とか どうゆうスタンスで政府と向き合って いくかは、非常に難しい問題だろうな と感じました。 玉城デニーさんは、今後、 どのように民意を政府に伝えていくのか、 そして沖縄県民の信頼を維持していくのか 気になる方もいるかと思います。 今回は玉城デニーさんがどんな人なのか それを経歴、プロフィール、 そして噂のモデルは実の娘! についても調べてみました。 コンテンツ• アメリカ人とのハーフとして生まれる 米軍沖縄基地に駐留していた アメリカ兵と沖縄在住の母との ハーフとして沖縄で生まれました。 正確にいうとお父さんも お母さんもアメリカ系の ハーフだそうなのでクオーター? (詳しく知りたい方はウィキを みてください。 ) デニーという名前はアメリカ人の 父が名付けたのではなく、 ゆくゆくはアメリカで 家族と生活することを考え、 アメリカで受け入れられやすい 名前をと母親が名付けたとのこと。 だが結局、どういう理由かは不明ですが、 先に帰国したアメリカ人の父を 母親は追うことはなく 日本で玉城デニーを育てることに なったようです。 沖縄にはそういう シングルマザーで多いようですね。 なかには、米国に渡ったが 現地には奥さんがいて、 泣く泣く日本に帰ってきたとか、 日本に帰るお金もないまま シングルマザーとして米国に 留まり、細々と暮らしていった なんて方も多くいますしね。 玉城デニーさんの学歴・経歴 学歴・経歴 与那城村教育区立与那城小学校 勝連町立与勝第二中学校 沖縄県立前原高等学校 上智社会福祉専門学校(東京・千代田区) 高校までは沖縄で生活し、 高校卒業後に東京の専門学校に行ったのですね。 専門学校卒業後はすんなり 沖縄県に戻り、老人福祉センター の臨時職員として働きだしました。 若い頃の玉城デニー イケメンですね! スポンサーリンク 政治家になるまでの意外な経歴 学歴を見ると政治家になる背景は なさそうなんですが・・・ が、それからが違っていました。 間もなく臨時職員の職をやめ 内装業や音楽関係の企画や ラジオパーソナリティなどのタレント業も 1989年からされています。 いまでもナイスミドルって感じの 優しいオジサマ風の甘い顔立ち 若い時は、かなりのイケメンでした。 そりゃタレントとしても沖縄では 名の知れた地元のスターだったんですね。 その後、沖縄でタレント活動をしているとき 憲法擁護の姿勢や教育問題など 広い意味での沖縄のあり方などに 疑問を抱きだしたそうです。 政治家への道は、 2001年に周囲からの強い後押しもあり 沖縄市長選への出馬を勧められたられた ことが切っ掛けのようです。 ただそのときは本人自身も 迷いがあったそうですが、 マスコミに嗅きつけられ、 玉城デニー沖縄市長選に出馬・・・ と記事にされてしまったそうです。 これが原因でラジオパーソナリティを 降板する羽目になったそうです。 羽目になったというのも・・・ 結局沖縄市長選には出馬しなかったのに マスコミの記事で職も失うって!? 当時の玉城デニーさんは 悲惨な状態だったようです。 一念発起し沖縄市議会議員に 玉城デニーさん、 やはり政治に対する疑問ということ は強く感じていたのでしょう。 翌年(2002年)になり 沖縄市議会議員選に立候補。 見事、トップ当選を果たしました。 やはり玉城デニーさんの 人となりを沖縄市民は認めていたのでしょう。 それに好印象のイケメンだし(笑) 玉城デニーのプロフィール、家族構成は? 本名:玉城 康弘(たまき やすひろ) 生年月日:1959年10月13日(2019年の誕生日で還暦) 出身:沖縄県与那城村(原うるま市) 現住所:那覇市 血液型:O型 政党:無所属 家族:母、妻、息子2人、娘2人、猫、シーサー? —————— 玉城デニーさんのホームページでシーサー(家守)も 家族として紹介してたようです。 そうか、沖縄の方々はシーサーを 家族のように扱っているのでしょうかね。 番犬=ペットを家族として紹介するような もんでしょうね。 幼少のころはハーフ名ですといろいろイジメやら 都合が悪かったんだと思います。 スポンサーリンク 玉城ティナとの関係 モデルの玉城ティナは娘じゃないか? とネット騒がれていました。 出身も沖縄ですし。 年齢的にも玉城デニーさんが 38歳のときの子供? 調べてみたら 親子ではありませんでした。 玉城っていう名字は沖縄地方に よくある名字ですが、 玉城デニーの名字は 「たまき」と呼ぶのに対し 玉城ティナの名字は 「たましろ」って呼んでますし。 似てなくもない!ハーフだからか? 「私の娘です」っていわれたら信じそう(笑) まとめ 玉城デニーさんは沖縄生まれで 高校までは沖縄で育ち、 高校を卒業すると 東京の福祉関連の専門学校へ進学 卒業後はすぐに沖縄へ戻り 老人福祉センターに務めましたが、 その後は、自営業や音楽関連の企画 そしてタレント業に行き着き ラジオのパーソナリティもされて 地元のスターになっていきました。 地元人気者ならではの 玉城デニーさん。 政治活動は2002年の 沖縄市議会議員から その後、衆議院を4期務め 2018年に沖縄県知事に就任。 翁長前知事の考えに一番近い 政治家とも言われています。 そしてモデルの玉城ティナさん とは親子ではなかったですね。 でも二人の娘さん、二人の息子さん も親譲りの美女、イケメンだろーな! 最後までご覧いただき有難うございます。

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失政連発で応援団からも批判続出!高まる玉城デニー知事への不信|石本譲二

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世界的規模で猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大は、沖縄でも深刻だ。 そして、県民が危惧の念を強めているのは、玉城デニー知事のもとでの危機管理の未熟さである。 県内では2月14日に沖縄本島南部の60代女性が感染したと確認されたのを皮切りに、2月中に感染者が3人となったものの、その後は3月下旬まで1カ月も新たな感染者が現れなかった。 それに気を許したのだろうか。 2月27日にいったんは中止や延期の方針を決めた県主催のイベントを、3月13日には必要な対策を講じることを条件に、開催する方針に緩和してしまっていたのだ。 3月下旬以降に感染者が急増したことを受けて、4月4日に再び中止・延期の方針を決めた。 迷走する玉城デニー県政のもとで、いまや沖縄県では4月15日現在ですでに感染者の数は86人と、人口比率では東京都を上回る数だ。 県内の離島のなかには、医療体制が十分でないところも多い。 その沖縄では、5月29日告示、6月7日投票という日程で沖縄県議会選挙が行われる。 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために集会を開くことができず、各陣営とも盛り上げに四苦八苦しているが、地方の一県議選と片づけるわけにはいかない重要な選挙である。 政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり反対の姿勢を続ける玉城デニー知事の任期の折り返しにあたり、中間評価という意味合いがあるからだ。 日本の安全保障政策にも直結する重要な選挙と位置づけることができる。 選挙の焦点は、玉城知事の県政を支える共産党や社民党、さらに沖縄のローカル政党である社大党など革新各党からなる「オール沖縄」勢力に対し、県政野党の自民党や公明党などが過半数を奪うことができるかどうかだ。 沖縄県議会の定数48のうち、現在は2議席が欠員である。 県政与党は現在、社民・社大・結連合が11、おきなわが8、共産が6など合計26で過半数を握る。 一方、県政野党は、自民が14、公明が4に留まる。 また、これまで県議会で自公と協力関係にあった維新は、下地幹郎衆議院議員がカジノ誘致をめぐり中国企業から現金を受け取っていた問題で維新を除名されたことを受け、2人の現職県議も維新を離れ、新たに無所属の会という会派を立ち上げている。 自民・公明にこの2人を合わせても、現在は20。 県議会で過半数を奪うには、5議席増やさなくてはならない計算になる。 沖縄では、この新型コロナウイルスの感染拡大よりも前の今年1月に、豚の感染病である豚熱が猛威を振るった。 最初に豚熱が発生したうるま市の農場から県への通報が非常に遅れたため大きな被害をもたらしたとされるが、県の対応もまずい。 県内の養豚業者からは早期にワクチン接種を望む声が寄せられたが、ワクチンの接種を決めたのは2週間以上経ってから。 県政与党からも「遅い」の声が上がった。 昨年10月には、沖縄県民の心の拠り所である首里城が火災で焼失したが、未だに火災原因が明らかになっていない。 火災原因の特定は、県警や那覇市消防本部がすべきことだが、両者は「火災原因はわからない」とすでに匙を投げている。 そもそも首里城の管理責任は県にあり、玉城知事は「再発防止策を取りまとめる」とたびたび述べているが、火災原因も分からずに、どうやって再発防止策を練るというのだろう。 玉城知事の優柔不断ぶりが厳しく問われている課題がある。 沖縄本島北部の基幹病院の整備計画だ。 北部の名護市には、大規模病院として県立北部病院と北部地区医師会病院がある。 二つの病院ともに慢性的な医師不足に悩まされ、医師が常駐しない診療科が増えてきたことから、二つの病院を統合し新たな基幹病院を設置する方針が決まったが、これに反対するのが県職員労組だ。 統合によって、県立北部病院の職員のなかには県内の他の県立病院へと転属を求められることが予想されるからだ。 県職労は、玉城知事を支持する有力母体である。 そのせいであろう、玉城知事は判断を先延ばしして、いつまで経っても整備に向けた基本合意書に同意しようとしない。 これには、県民の生命や健康より支持母体の意向を重視するのか、と県民の批判が高まっている。 地元紙が最大の争点だとする辺野古移設問題についても触れておこう。 この問題をめぐっては、昨年2月に辺野古沖の埋め立ての是非を問う県民投票が行われた。 県内の学生らが中心となって始まった県民投票の実施を求める署名活動に、革新各党や地元紙などが乗って実施され、「埋め立てに反対する」が72%を得た。 これをもって地元紙などは「移設反対は県民の総意」とするキャンペーンを展開したが、そもそも投票率は有権者の52%あまりに過ぎない。 移設をやむなしとする県民の多くが投票に行かなかったためだと見られている。 有権者全体を見ると、「埋め立てに反対」としたのは38%に留まっているのだ。 これをもって移設反対が県民の総意とは言えないだろう。 沖縄では、辺野古移設についてやむなしとの立場を表明しにくい雰囲気がある。 そんなことをすれば、マスコミの吊し上げに遭ってしまうからだ。 2013年に当時の仲井眞弘多知事が辺野古沖の埋め立ての承認に踏み切った途端、マスコミから「裏切り者」と総攻撃を受け、翌年の知事選で敗北してしまったことはまだ記憶に新しい。 ただ、ここ数年、沖縄の県民の間で、辺野古移設問題への関心が薄れてきているのも事実だ。 沖縄県が昨年3月に公表した県民の意識調査では、県が重点的に取り組むべき施策として、これまで調査のたびにトップだった「米軍基地問題の解決促進」を抑えて新たにトップに挙げられたのは、「子供の貧困対策の推進」だった。 2位を16ポイント近くも引き離してのトップである。 離婚率や一人あたりの県民所得、非正規雇用率といった指標が全国で最悪の沖縄県は、子供の貧困率も全国で最も高い。 前知事の翁長雄志氏は在任中に、「基地問題に労力の8割から9割を割いている」と発言したが、そんな翁長氏や玉城デニー氏のもとで、基地問題ばかりフレームアップする県政が続くことへの不安感は高まっている。 それは、知事を支えるはずの県職員とて同じことだ。 「辺野古関連の訴訟は、勝算がないのを承知でやっていて、単なるパフォーマンスと化していました。 辺野古反対を言うばかりでなく代替案を示してもいいのではないかと思いますが、知事からはそうした指示が降りてくるわけでもない。 辺野古移設問題を担当する知事公室以外の部署では、職員のモチベーションが上がりようがありません」(県庁幹部) 3月26日には、最高裁がまたもや辺野古移設問題をめぐり沖縄県の訴えを斥けた。 すでに翁長県政時代に、仲井眞元知事による埋め立て承認を取り消したものの、国に違法だと訴えられて最高裁で敗訴。 今回は承認を撤回するという県の措置に対する裁判だったが、あらためて敗訴したわけだ。 これには玉城デニー知事の応援団である地元紙の「沖縄タイムス」も、「県は敗訴が確定すれば戦略変更を迫られる」と指摘する(3月21日付記事)。 近く埋め立て予定地にある軟弱地盤を改良するための設計変更が防衛省から県に申請される予定だが、沖縄県はこれを認めない方針だから、またもや国と沖縄県の対立が続くことになる。 本土の読者のなかには「またか」と思われる方もいるやもしれない。 じつは沖縄でも、多くの県民がこの問題よりも重要な課題があると認識するようになっているのだ。 先ほど指摘した那覇空港の第二滑走路も、それまで滑走路が1本しかなかったために空港の発着枠は限界ギリギリで、夕方の混雑時間帯は上空で飛行機が旋回して着陸の順番を待つことが常態化していたが、第二滑走路の完成で、発着枠はこれまでの1・8倍の24万回となった。 第二滑走路は当初、工期は7年とされていた。 それを仲井眞元知事が在任中に菅義偉官房長官に直談判して、5年あまりに短縮させたのだ。 観光振興には早期整備が欠かせないとの判断からで、第二滑走路の整備は仲井眞県政が残した最大の功績のひとつである。 では、翁長・玉城の両県政で、新たに大型の事業がスタートしただろうか。 翁長県政は沖縄本島東海岸の与那原町での大型会議施設のMICEの建設を肝煎り事業として掲げていたが、未だに予算化のメドも立たない。 仲井眞県政時代に検討作業が本格化していた本島を南北に循環する鉄道敷設計画の事業化も、まったく前進していない。 「新型コロナウイルスの感染が拡大するまでは、観光を牽引役に沖縄経済は絶好調でした。 そのため、多くの県民は意識していませんが、新規の大型事業が翁長・玉城県政ではまったく進んでいません。 将来を見越して新規事業を進めるのが行政というものです。 いまの好景気は仲井眞県政時代の種まきが実を結んでいるわけですが、こんな調子では10年、20年先の沖縄はどうなるのか」(前出の県庁幹部) クリーンなイメージで見られがちな玉城知事だが、業者との不適切な付き合いも指摘されている。 玉城氏が自らの政策を推進するために立ち上げた「万国津梁会議」の運営を支援する業務を受託した業者と、契約の前日に会食していたことが発覚したのだ。 しかも、この業者の沖縄事務所長は、長く玉城氏の支援者でもあった。 県議会での追及に、玉城氏は私的な会食であり、支援業務については話をしていないから問題ないとの答弁を貫いたが、これには玉城応援団の地元紙もさすがに「癒着を疑われるのも当然だ」との識者のコメントを掲載せざるを得なかった。 こうした玉城知事の失政の数々をどこまで野党の自民党や公明党が攻め切れるのか。 2年後には県知事選挙も控えており、沖縄をめぐり、政治が再び熱くなってきた。 初出:月刊『Hanada』2020年6月号).

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玉城デニー知事の手話「ありがとう」 記者会見に「いいね」2万回 聴覚障がい者が投稿

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沖縄県知事の玉城デニー氏のトンデモない発言が飛び出した。 5月31日の定例記者会見で、彼は「中国公船が(尖閣諸島の)周辺海域をパトロールしていることもあるので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」などと発言し、石垣市議会では抗議決議まで出ている。 しかも玉城知事の問題発言はこれだけではなかった。 こんな県知事を生み出したのは野党共闘ならぬ「野合」だが、どう責任を取るのか。 「尖閣では中国に配慮を」 事の発端は、5月24日、沖縄県石垣市の市議が乗船した漁船が石垣市に属する尖閣諸島周辺海域を航行した際、中国公船に追い回されたことだ。 「尖閣諸島を守る会」代表世話人の仲間均石垣市議は23、24の両日、漁船「高洲丸」に乗り、尖閣諸島周辺で漁をした。 高洲丸は24日午前、石垣島へ戻る途中で、中国公船「海警」に約1時間にわたって追尾されたが、海上保安庁の巡視船に護衛され、事故などはなかった。 石垣港に帰港後、 仲間氏は八重山日報の取材に応じ「中国は本気で尖閣諸島を取りに来ていると感じる。 何もしなければ、日本はさらに厳しい状況に追い込まれるのではないか」と危惧した。 海保によると、この日は中国公船2隻が領海侵入した。 引用元 石垣島の代表の市議が乗船した漁船が中国政府の公船に追いかけまわされ、海上保安庁がいなければ大変な事態になっていた。 しかし、これに対する玉城知事のコメントは、耳を疑う内容だった。 「中国公船が(尖閣諸島の)周辺海域をパトロールしていることもあるので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」と玉城県知事は述べたのである。 県民の生命と財産を預かる県知事であるのに、県民(漁民)の生命も財産(漁業資源と尖閣諸島)の双方ともどうでもよく、中国を刺激するなとまで言ったのである。 これは、中国が尖閣諸島をパトロールするのは当然の権利であり、領有権まで認めたかのような発言。 石垣島民を植民地人扱い さらに度し難いのは、沖縄本島の石垣島への植民地扱いの意識が透けて見えることだ。 石垣島は琉球王国ができてから、国王にしばらく貢ぎ物を送って自治を認めてもらっていました。 しかし、 豪族・オヤケアカハチが貢ぎ物を断ったため、 1500年に琉球王国は石垣島を攻撃したといわれています。 その結果、オヤケアカハチは負け、石垣島は琉球王国の植民地になってしまったのです。 植民地になってしまった石垣島には人頭税が課され、明治になって琉球王国がなくなるまで重い税に苦しめられることになりました。 引用元 このように琉球王国は、石垣島などの周辺の島々に重税を課し、弾圧し、暴政を敷いていた。 こうした過去がある以上、沖縄県は、各島を守る義務と責任がある。 しかし、玉城県知事は、石垣島を見捨て、中国政府にすり寄った。 実際の玉城知事の考えはどうあれ、少なくとも、石垣市民はそう受け取ったのだろう。 激怒した。 玉城知事に激怒した石垣市、慌てて謝罪のみっともない玉城知事 6月17日、石垣市議会は尖閣諸島をめぐる玉城デニー知事の発言に対する抗議決議案を賛成多数で可決した。 「日本の領海内で漁労することがなぜ中国を刺激するのか」「玉城知事にとって尖閣諸島周辺は日本の領海ではないとの認識なのか」などと、まさしく激怒した内容だった。 その他の沖縄県内でも抗議の声は高まり、とうとう、同日に玉城知事は「誤解を与えるものであった」と言い訳した上で、発言を撤回した。 しかし、玉城知事は、その謝罪と撤回に際しても、「不法侵入を繰り返す中国政府への批判」「漁民の安全を確保するための沖縄県としての対策」「尖閣諸島の漁業活動の可否について」は全く触れず、逃げた。 なんと情けない県知事か。 玉城知事を生み出した野党共闘の任命責任 こんな非国民の県知事を、誰が生み出したかと言えば、野党5党の共通政策なき「野合」だ。 玉城デニー氏を応援したのは、 ・小沢一郎(自由党) ・志位和夫(日本共産党) ・小池晃(日本共産党) ・玉木雄一郎(国民民主党) ・枝野幸男(立憲民主党) ・又市征治(社民党) ・鳩山由紀夫(元民主党首相) ・福島瑞穂議員(社民党) とても政策で一致できているとは思えない人々だ。 そんな人々が、小沢一郎氏が用意した玉城県知事を担ぐからこういうことになる。 今こそ、野党の野合による任命責任を問うべきだ。 野合は、一つも良いことなど無い。

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