麻生太郎 私邸。 麻生太郎の落日 ― 最大の政敵が初入閣 |政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト

「自粛要請するなら金を」失業者らが安倍首相と麻生太郎氏の私邸にデモ│エンがちょブログ

麻生太郎 私邸

大学全入時代(選ばなければどの大学にも入学できる時代の意)と言われるけど、大学進学のための支出は並大抵ではない。 日本の家庭の教育費は、なぜこんなにも高いのか。 そこには、国の教育費の異常な低さが、結局、「受益者負担」として家庭に襲いかかっているのである。 私も、小・中・高の3人の息子がいるが、これからを考えると、不安でしょうがない。 世界は、国際人権A規約13条「中等・高校教育の無償制の導入」にもとづいて、多くの国で高校の授業料はいらない。 OECD加盟30カ国で言えば、無償でないのは、日本、ポーランド、韓国、イタリアの4カ国だけ。 大学の授業料無償は、14カ国で、その他の国も小額で、返済のいらない給付制の奨学金がある。 日本の奨学金は7割が有利子で、自民公明政治は、いずれこの奨学金を無くして、すべて銀行移して金儲けの原資にする魂胆。 教育を金儲けでしか見れない政治家に、これ以上、日本の政治は任せられない。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午後1時35分、松本純官房副長官が入った。 午後4時49分、私邸発。 午後5時8分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。 千賀子夫人とともに自身の後援会「太友会」の首相就任祝賀会に出席。 午後6時53分、ホテルオークラ発。 午後7時2分、東京・内幸町の帝国ホテル着。 秘書官と食事。 午後10時7分、帝国ホテル発。 22分、私邸着。 燃料や原材料の高騰による中小・零細製造業、不動産業、建設業での経営悪化に加え、サブプライムローン問題に端を発したアメリカの景気後退の輸出産業への影響と、日本経済を大失業と大倒産の重大事態が襲っている。 この間発表された各種経済データは、どれも軒並み悪化しており、政治が直ちに、家計と中小企業に温かい援助をしなければ、たいへんな事態である。 8月の完全失業率は4.2%、有効求人倍率は0. 86倍、完全失業者は272万人(前年同月比23万人増)、新規求人数は21.3%もの大幅減。 8月の消費支出は29万1154円で、6ヶ月連続のマイナス。 8月の鉱工業生産は、輸出の落ち込みで前月比3. 5%減。 2003年以降最大の下げ幅となって深刻だ。 高校生などの内定取り消しも出ていると聞くし、内需拡大へ急いで手立てをお願いしたい。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午後1時3分、私邸発。 44分、横浜市保土ケ谷区のゴルフ練習場「ハンズゴルフクラブ」着。 午後3時11分、同所発。 59分、私邸着。 午後4時6分、私邸発。 23分、東京・北青山の「ウチイケ鍼灸整体院」着。 マッサージ。 午後6時16分、同所発。 39分、私邸着。 午後7時10分、私邸発。 29分、東京・銀座のフランス料理店「ペリニィヨン」着。 千賀子夫人ら家族と食事。 午後9時36分、同所発。 午後10時8分、私邸着。 天気もいいしね」 「毎日」新聞の夕刊にとても大きな共産党前議長の不破哲三さんのインタビュー記事が掲載された。 ワーキングプアと蟹工船には、かなり力を入れているのが「毎日」新聞である。 当然、私も、読む機会が増えた。 「赤旗」も増えているようなので、この際、「毎日」も部数を伸ばしていただいて、「聖教新聞」の印刷代に頼らなくても経営できるだけの体力をつけてもらいたいと私的には応援したい。 そうすれば、「民主党の準機関紙」に成り下がったかのような報道が目に付く「A」新聞と、記事の内容で勝ることになり、いずれ国民的な支持を得れると思いますよ。 A紙やY紙に比べて、賃金も大きく劣ってる「毎日」の労働者の皆さん。 資本ともたたかいながら、いい仕事をして国民の報道機関として発展してください。 さて、その不破さんのインタビューは、以下のとおり。 40歳で党書記局長に就任、「共産党のプリンス」と言われ、論客としても名高い前議長の不破哲三さん(78)はどうみているのか。 東京・代々木の党本部を訪ねた。 「今の若い人たちが蟹工船を読んで、実感をもって受け止めるというのは、日本の社会のとんでもない一面を表していると思うんですよ」 グレーのスーツに身を包み、さっそうと応接室に現れた不破さんは、滑らかに話し始めた。 「私も若いころに読みましたよ。 戦後すぐですから、食べ物がなくて、生活は恐らく蟹工船のころより大変だったんじゃないかな。 それでも民主主義のもと、選挙権や女性の権利、労働者の権利などが確立されて、戦争中の暗い時代から抜け出して、意気を持っていた。 蟹工船を読んでも昔はひどかったなあという感想でしたよ。 それから60年以上たった日本で、若者たちに、自分たちのことと受け止められているというのは、日本がとんでもないところに落ち込んでいるということです。 まさに『この国はどこへ行こうとしているのか』ですよ」 日本のこのおかしさを感じたきっかけは毎日新聞の記事だった。 「90年ごろかな。 メキシコ特派員の記事で、確か見出しは『豊かな日本、なぜこんなに貧しいのか』。 日本の特集をしたテレビ番組を現地の記者仲間と見ていたら、最初は豊かな日本をうらやましがっていた現地記者が、通勤ラッシュや狭い日本の家などが出てくるにつれ『人間の生活じゃない』と言い出し、評判がガタ落ちしたという話でした。 当時のメキシコは決して経済水準は高くなかった。 そのメキシコから見ても、日本の暮らしぶりは人間のものではないと言われる。 これではいけないと強く感じました」 同じころ読んだ盛田昭夫ソニー会長(当時)の論文にも考えさせられたという。 「労働時間が長い、賃金の分配が安すぎる、株主との関係も良くない、地域社会への貢献を考えない、環境保護も省資源問題にも無関心だ……と列挙して、これでは世界の企業と対等に付き合っていけない。 だが1社で正そうとしてもつぶれるだけだから、社会でルールをつくってくれという趣旨の痛烈な文章でした。 盛田さんが言ったことは、マルクスが言ったことと同じなんです。 社会が強制力を持たなければできないこともある。 日本は大事なところで、ルールが少なすぎます。 私は日本の資本主義はルールなき資本主義と位置づけているんです」 「ルールなき資本主義」が320万人を超える派遣労働者を生み出した元凶だという。 「派遣労働のひどさは、政治と大企業がつくり出したものです。 今の政治は規制緩和という言葉が好きですよね。 規制がない方が、企業が自由に経済活動ができて大もうけができるだろうと、戦後何十年も守ってきたルールを変えた結果、10年足らずで今の状況になったんです」 熱く語る姿に10年前の出来事を思い出した。 98年7月、埼玉県のJR大宮駅前だった。 当時、党委員長だった不破さんは、参院選候補の応援にやって来た。 集まった聴衆の熱気に押されたかのように、不破さんは予定を30分もオーバーし熱い演説をした。 次の演説会場へ向かうため車に乗り込もうとした時、女性から声援が飛んだ。 「不破さ~ん」。 不破さんはかがめた背筋をスッと伸ばし、右手をパッと挙げそれに応えた。 堂々たる態度。 「大物は違う」。 駆け出しだった私が感じた瞬間だった。 「そうですか。 10年前ね……。 じゃあ古なじみなんだ」 その98年の参院選で共産党は800万票(比例代表)を得て、過去最多の15議席を獲得。 惨敗した自民・橋本龍太郎首相は退陣した。 消費税上げ、金融破綻、景気低迷……深刻化する社会不安に対し、解決策を打ち出してくれない政権に国民はそっぽを向いたのだ。 何だか今の状況と似ていないだろうか。 軽くうなずきながら、不破さんは言葉を継いだ。 「確かによく似た状況です。 ひとつ違うのは、自民党が持たなくなっているということです。 10年前の自民党は、本気で政権を失う危機なんて感じていなかった。 『自民党をぶっ壊す』人が出て、一度は盛り返しましたしね。 それが今は、首相が1年で政権を放り出すという前代未聞のことが2度も繰り返された。 その後の総裁選を見ても、実に軽いじゃないですか。 自民党の今日はどれぐらい続くか分からないけれど、明日はない」 国会の論戦から退いて5年だが、政治の話には力がこもる。 「今の政治は『国際競争力』って言われると、財界にものが言えないんです。 蟹工船の時代は、ひどい労働はすべて『大日本帝国のため』と正当化された。 今はその代わりが国際競争力です。 国際競争力が落ちると言われれば、どんなことも我慢しなければならない。 財政が大変だから増税しようとなると、一番負担能力を持っている大企業は初めから頭の外に置いて、取りやすい消費税増税だとなる。 ワンパターンの議論なんです。 国民も国際競争力という言葉で納得してはいけない」 16歳で共産党に入党したが、意外にも、小学生のころは作家志望だったという。 吉川英治さんに小説を見てもらったことも。 「『20歳になってまだ書く気があったらまた来てくれ』って。 でも20歳になったら作家希望は消えちゃった」 理由を問うと、なるほど、の答えが返ってきた。 「共産党の活動が忙しくて、作家どころじゃなかったんですよ。 共産党に入ってからの62年は、なかなか波瀾万丈でしたよ。 それでも、日本と世界の現在と未来に貢献しようと思ったらこの道しかないというのが今の気持ちです。 それは最後まで大事にしたいですね」 柔らかな笑顔につられ、思わず「枯れ専ってご存じですか」と聞いたら、きょとんとされた。 「何それ?」。 「枯れた男性を好きな女性のこと」と説明はしたが、さすがに「プリンス」に向かって「すてきな枯れオヤジですよ」とは言えなかった。 ----------------------------------------------------------------------------------- さて、ときの首相の太郎君は、若い女性に「すてきな枯れオヤジ」といわれることができるか? 言われたければ、せめて、雇用問題、高齢者医療問題で、国民に喜ばれる政策をやってくださいな。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午前8時16分、国会着。 17分、院内大臣室へ。 18分から56分まで、鴻池祥肇官房副長官。 午前9時、閣議開始。 9分、閣議終了。 10分から25分まで、鴻池官房副長官。 54分、院内大臣室を出て、57分、参院議長応接室へ。 59分、同室を出て参院本会議場へ。 午前10時1分、参院本会議開会。 午前11時28分、参院本会議休憩。 29分、参院本会議場を出て、31分、国会発。 34分、官邸着。 35分、執務室へ。 40分から50分まで、河村建夫官房長官。 55分、執務室を出て首相会議室へ。 午後0時14分、首相会議室を出て執務室へ。 51分、執務室を出て、52分、官邸発。 54分、国会着。 55分、参院議長応接室へ。 59分、同室を出て参院本会議場へ。 午後1時1分、参院本会議再開。 午後3時2分、参院本会議を途中退席し、7分、国会発。 9分、官邸着。 10分、執務室へ。 26分から57分まで、三谷秀史内閣情報官。 午後4時、執務室を出て、1分から15分まで、特別応接室で全国知事会会長の麻生渡福岡県知事ら地方6団体代表。 15分、特別応接室を出て執務室へ。 17分から41分まで、銭谷真美文部科学事務次官。 42分から50分まで、内閣府の山本信一郎事務次官、福下雄二賞勲局長。 51分から午後5時10分まで、漆間巌官房副長官。 午後5時11分から17分まで、経済産業省の望月晴文事務次官、松永和夫経済産業政策局長。 18分から53分まで、自民党の保利耕輔政調会長、園田博之政調会長代理。 59分から午後6時1分まで、与謝野馨経済財政担当相。 午後6時2分から21分まで、経済産業省の望月事務次官、松永経済産業政策局長。 26分、執務室を出て、27分から31分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 32分、官邸発。 41分、東京・虎ノ門の虎ノ門パストラルホテル着。 同ホテル内の宴会場「鳳凰の間」で嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会総会に出席し、あいさつ。 午後7時9分、同ホテル発。 18分、東京・内幸町の帝国ホテル着。 同ホテル内の会員制バー「ゴールデンライオン」で秘書官と食事。 午後10時35分、同ホテル発。 54分、私邸着。 ご本人の決断ですから」 麻生内閣メールマガジン創刊準備号なるものが、今日届いた。 「日本の元気を取り戻す、強くて明るい日本をつくることこそが、私の使命であると思っています」「緊急な上にも緊急の課題は、日本経済を立て直し、生活を少しでも豊かにすることです。 すぐさま景気対策、物価高対策に着手します。 日本経済は全治3年。 3年で日本は脱皮せねばなりません」等と述べているが、国民の今の生活不安に対して、明確な対策を本気で打つ気があるのかどうか、昨日、今日の国会を見る限り、やりそうではない。 ところで、今日の会食は、「馬尻」である。 実に4時間もかけて、若手とどんな話をしたのやら。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 30分、官邸着。 31分、執務室へ。 午前9時48分、執務室を出て、49分、官邸発。 51分、国会着。 52分、参院議長応接室へ。 59分、参院議長応接室を出て参院本会議場へ。 午前10時1分、参院本会議開会。 午前11時45分、参院本会議散会。 46分、参院本会議場を出て、47分、国会発。 49分、官邸着。 50分、執務室へ。 午後0時14分から51まで、与謝野馨経済財政担当相。 53分、執務室を出て首相会議室へ。 午後1時18分、首相会議室を出て執務室へ。 44分、執務室を出て、46分、官邸発。 47分、国会着。 48分、衆院第14控室へ。 52分から54分まで、自民党代議士会。 55分、同室を出て、56分、衆院議長応接室へ。 午後2時、同室を出て衆院本会議場へ。 2分、衆院本会議開会。 午後3時57分、衆院本会議散会。 衆院本会議場を出る。 午後4時1分、衆院第1委員室へ。 2分、衆院予算委員会開会。 6分分、衆院予算委散会。 7分から8分まで、河村建夫官房長官。 9分から10分まで、松本純官房副長官、井上信治自民党青年局長。 11分、衆院第1委員室を出て衆院第24控室へ。 自民党青年局のメンバーと写真撮影。 27分、衆院第24控室を出て、29分、院内大臣室へ。 午後5時14分、院内大臣室を出て、15分、国会発。 17分、官邸着。 19分、大会議室へ。 北朝鮮による拉致被害者家族と懇談。 42分、同室を出て、43分、執務室へ。 49分から午後6時9分まで、二階俊博経済産業相、望月晴文経済産業事務次官、石田徹資源エネルギー庁長官。 午後6時48分、執務室を出て、49分から52分まで、大会議室前で報道各社のインタビュー。 53分、官邸発。 午後7時2分、東京・六本木の飲食店「馬尻」着。 自民党麻生派の若手議員と会食。 午後11時2分、同所発。 18分、私邸着。 丹下健三の設計だっけ。 今日は、ここの新館地下1階、中華レストラン「李芳(りほう)」である。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午前9時35分、私邸発。 午前10時、官邸着。 1分、執務室へ。 午前11時26分から55分まで、井上信治自民党青年局長。 午後0時3分、執務室を出て首相会議室へ。 33分、首相会議室を出て執務室へ。 46分、執務室を出て、47分、官邸発。 49分、国会着。 51分、衆院第14控室へ。 52分から54分まで、自民党代議士会。 57分、同室を出て衆院本会議場へ。 午後1時2分、衆院本会議開会。 午後3時32分、衆院本会議散会。 33分、衆院本会議場を出て、34分、国会発。 36分、官邸着。 37分、執務室へ。 午後4時45分から午後5時まで、オーストラリアのラッド首相と電話会談。 篠原尚之財務官、外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長、小田部陽一経済局長同席。 午後6時12分、執務室を出て、13分から19分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 21分、官邸発。 35分、東京・神田錦町の学士会館着。 同会館内の宴会場210で日本学術会議会員との懇談会に出席し、あいさつ。 42分、同所発。 56分、東京・紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂着。 同ホテル内の中国料理店「李芳」で個人事務所のスタッフと自民党総裁選の慰労会。 午後9時21分、同ホテル発。 42分、私邸着。 こちらから伺いたかったところには答えていただけませんでしたから」 麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣7日目) 今日は、松本純、鴻池祥肇両官房副長官を招いて豪華な和食である(個室は特定できないが写真は雲海のHPからのイメージ)。 そして、例によって、はしご。 ホテルの3階から36階へのまさに「はしご」である。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午前9時18分、私邸発。 39分、官邸着。 40分、執務室へ。 59分、執務室を出る。 午前10時、閣僚応接室へ。 1分、閣議室に移り、閣議開始。 22分、閣議終了。 23分から26分まで、二階俊博経済産業相。 閣議室を出て、27分から31分まで、閣僚応接室で山口俊一元総務副大臣に首相補佐官の辞令交付。 河村建夫官房長官ら同席。 32分、執務室へ。 37分、同室を出て、39分、官邸発。 48分、東京・三番町の桂宮邸着。 桂宮さまのお見舞いの記帳。 51分、同所発。 午前11時3分、官邸着。 5分、執務室へ。 33分、執務室を出て、34分から41分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 42分、執務室へ。 午後0時8分、同室を出て首相会議室へ。 23分、首相会議室を出て執務室へ。 午後2時2分、執務室を出て特別応接室へ。 御手洗冨士夫日本経団連会長。 17分、同室を出て、18分、執務室へ。 25分から30分まで、高田稔久内閣府国際平和協力本部事務局長。 45分から午後3時3分まで、漆間巌官房副長官。 午後3時4分から14分まで、安藤裕康駐イタリア大使ら。 15分から32分まで、中馬弘毅自民党行政改革推進本部長。 午後4時22分から41分まで、丹羽宇一郎地方分権改革推進委員会委員長。 49分から55分まで、坂篤郎前官房副長官補。 56分から午後5時22分まで、尾辻秀久自民党参院議員会長。 午後5時35分、執務室を出て、36分から41分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 42分、執務室へ。 43分から午後6時17分まで、自民党憲法審議会の中山太郎会長、保岡興治会長代理、中谷元・事務局長。 午後6時37分、執務室を出て、38分、官邸発。 41分、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京着。 同ホテル内の日本料理店「雲海」で松本純、鴻池祥肇両官房副長官と夕食。 午後8時34分、松本、鴻池両氏とともに同ホテル内のバー「マンハッタンラウンジ」へ。 午後10時21分、同ホテル発。 42分、私邸着。 所信表明演説もあったから、さすがのぼっちゃまも疲れたのか。 「国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽(ぎょめいぎょじ)をいただき、第九十二代内閣総理大臣に就任いたしました」 何?「御名御璽」? 「しんぶん赤旗」によれば、「『かしこくも』とは『恐れ多くも』というへりくだった言い方、『御名御璽』とは公文書に記される天皇の署名と公印のこと」だそうだ。 時代錯誤者だね、まったく太郎君は。 「日本経済は全治三年と申し上げます。 三年で日本経済は脱皮できる、せねばならぬ」 えっ!3年間も、何かするつもりなの自民党は?あなたたちはもう政治的致命傷でしょう。 「わたしの前に、五十八人の総理が列しておいでです。 百十八年になんなんとする、憲政の大河があります」 つまり、自分は、侵略戦争をおこなってきた歴代の総理大臣も含めて、天皇陛下の下で総理大臣をするつもりなのか。 やっぱり太郎君、あなたには、日本を任せられない。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 53分、官邸着。 54分、執務室へ。 午前9時、執務室を出て、1分、閣僚応接室へ。 3分、閣議室に移り、臨時閣議開始。 15分、臨時閣議終了。 16分、閣議室を出て、20分まで、閣僚応接室で、中山恭子前少子化・拉致問題担当相に首相補佐官の辞令交付、記念撮影。 河村建夫官房長官らが同席。 21分、執務室へ。 47分、執務室を出て、48分、官邸発。 56分、皇居着。 内奏、金子一義元行政改革担当相の閣僚認証式。 午前10時26分、皇居発。 34分、官邸着。 36分、執務室へ。 39分、執務室を出て、40分から43分まで、特別応接室で金子氏の補職辞令交付、記念撮影。 河村官房長官が同席。 44分、執務室へ。 午前11時23分、執務室を出て首相会議室へ。 31分から33分まで、松本純官房副長官。 38分、首相会議室を出て執務室へ。 53分、執務室を出て、54分、官邸発。 55分、国会着。 57分、衆院本会議場へ。 午後0時2分、衆院本会議開会。 10分、衆院本会議休憩。 衆院本会議場を出て、12分、国会発。 13分、官邸着。 15分、小ホールへ。 16分から22分まで、事務次官会議に出席し、あいさつ。 22分、小ホールを出て、23分、官邸発。 25分、国会着。 26分、院内大臣室へ。 49分、院内大臣室を出て、50分、参院本会議場へ。 58分から午後1時6分まで、第170臨時国会開会式。 午後1時7分、参院本会議場を出て、10分、院内大臣室へ。 53分、院内大臣室を出て、56分、衆院本会議場へ。 午後2時2分、衆院本会議再開。 所信表明演説。 50分、衆院本会議散会。 衆院本会議場を出て、54分、参院議長応接室へ。 59分、同室を出て参院本会議場へ。 午後3時1分、参院本会議再開。 所信表明演説。 30分、参院本会議散会。 31分、参院本会議場を出て、32分、国会発。 34分、官邸着。 36分、執務室へ。 午後4時14分、執務室を出て、15分、官邸発。 26分、皇居着。 副大臣認証式。 午後6時27分、皇居発。 37分、官邸着。 38分、執務室へ。 52分、執務室を出て、53分から55分まで、階段で新副大臣と記念撮影。 56分から57分まで、貴賓室で内閣府副大臣に担当指示。 河村官房長官同席。 58分から午後7時5分まで、小ホールで初の副大臣会議に出席し、あいさつ。 午後7時6分、執務室へ。 28分、執務室を出て、29分から38分まで、特別応接室で大臣政務官に辞令交付。 41分から42分まで、階段で大臣政務官と記念撮影。 44分から46分まで、閣僚懇話室で河村官房長官。 47分から56分まで、大会議室で初の政務官会合。 57分、執務室へ。 午後8時13分、執務室を出て、14分から22分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 23分、官邸発。 45分、私邸着。 麻生氏の資金管理団体「素淮会」の政治資金収支報告書からみると、太郎君は、一昨年の1年間で、銀座や六本木、赤坂などの高級クラブや高級料亭、サロンなどに173回3500万円の飲み食いをしていることが分かったと報道されている。 これによると、「組織活動費」のなかの「交際費」名目で、68回、計1277万597円の飲み食い。 「組織対策費」としても、44回、計1095万6060円の支出。 このなかに、赤坂のカナダ大使館地下一階にある高級プライベートクラブの「会費」38万3250円の支出もあるとか。 「調査研究費」でも、「研修会費」という名目で、61回、計1107万1396円。 平均すれば、ほぼ2日に1回は、飲み食いし、その合計は3479万8053円に上る。 ってことは、1回あたり20万円の豪遊と言うことか。 こんなおぼっちゃまが、庶民の心がわかるはずがない。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午前8時57分、私邸発。 午前9時9分、官邸着。 11分、執務室へ。 17分から30分まで、河村建夫官房長官。 32分、河村氏、中山成彬国土交通相が入った(中山氏が辞表を提出し、総理は「残念」と受け取る)。 36分、中山氏が出た。 57分、河村氏が出た。 59分、執務室を出て、 午前10時、閣僚応接室へ。 1分、閣議室に移り臨時閣議開始。 36分、臨時閣議終了。 38分、執務室へ。 午前11時24分、執務室を出て首相会議室へ。 自民党の細田博之、公明党の北側一雄両幹事長、河村官房長官が入った。 午後0時39分、細田、北側両氏が出た。 55分、河村氏とともに首相会議室を出て、執務室へ。 58分、漆間巌官房副長官が加わった。 午後1時12分、漆間氏が出た。 午後2時10分、河村長官が出た。 午後3時59分、執務室を出た。 午後4時から34分まで、大会議室で報道各社の論説委員、解説委員らと懇談。 河村、松本純、漆間正副官房長官同席。 34分、同室を出て南会議室へ。 35分から59分まで、民放各社の解説委員らと懇談。 59分、南会議室を出る。 午後5時1分、小ホールへ。 2分から26分まで、内閣記者会常勤幹事社キャップらと懇談。 26分、小ホールを出て執務室へ。 39分、執務室を出て、40分から45分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 45分、執務室へ。 午後6時10分、河村官房長官が入った。 19分、金子一義元行政改革担当相が加わった。 26分、金子氏が出た。 40分、河村氏が出た。 午後7時39分、執務室を出て、40分、官邸発。 44分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。 同ホテル内の中国料理店「桃花林」で秘書官と食事。 午後9時37分、同ホテル発。 58分、私邸着。 この日、「毎日」新聞によれば、松本純官房副長官らと情勢調査を分析したところ、自公で過半数獲得が微妙という結果になったという。 ただ、自民党候補の多くが支持層に浸透していなかったため、首相は「(選挙運動を)もっとやれば伸びるじゃねえか」と口にし、解散を見送ったという。 異常ではないか」 首相:「政治家としての気持ちと閣僚としての立場というのは、政治家と閣僚、同じ政治家とはいえ、重さが違うと思います」 麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣4日目) 麻生氏の資金管理団体「素淮会」の政治資金収支報告書からみると、太郎君は、一昨年の1年間で、銀座や六本木、赤坂などの高級クラブや高級料亭、サロンなどに173回3500万円の飲み食いをしていることが分かったと報道されている。 これによると、「組織活動費」のなかの「交際費」名目で、68回、計1277万597円の飲み食い。 「組織対策費」としても、44回、計1095万6060円の支出。 このなかに、赤坂のカナダ大使館地下一階にある高級プライベートクラブの「会費」38万3250円の支出もあるとか。 「調査研究費」でも、「研修会費」という名目で、61回、計1107万1396円。 平均すれば、ほぼ2日に1回は、飲み食いし、その合計は3479万8053円に上る。 ってことは、1回あたり20万円の豪遊と言うことか。 こんなおぼっちゃまが、庶民の心がわかるはずがない。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 午前3時5分、羽田空港発。 35分、東京・神山町の私邸着。 午前11時26分から57分まで、私邸周辺をウオーキング。 午後1時52分、私邸発。 午後2時6分、皇居着。 帰国の記帳。 13分、皇居発。 20分、官邸着。 22分、執務室へ。 午後3時17分、執務室を出て首相会議室へ。 18分、河村建夫、松本純、漆間巌正副官房長官が入った。 午後4時4分、首相会議室を出て執務室へ。 40分、河村、漆間正副官房長官が入った。 53分、漆間氏が出た。 59分、河村氏が出た。 午後5時2分、執務室を出て、3分、官邸発。 6分、東京・永田町の来栖ビル着。 同ビル内の個人事務所。 58分、来栖ビル発。 午後6時30分、私邸着。 麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣3日目inニューヨーク) 今日は、ニューヨーク。 今日の麻生太郎氏: 頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。 市内のインターコンチネンタルホテル。 オーストラリアのラッド首相と首脳会談。 ラッド首相との共同記者会見。 国連本部で国連総会一般討論演説 麻生首相:「テロとのたたかいに積極的に参画してまいる」(インド洋における自衛隊の米艦船などへの給油活動を続ける意思を誇示)。 アフリカ開発を支援している人気ロックバンド「U2」のボーカル、ボノさんや音楽家のボブ・ゲルドフ氏と面会し、「iPod」をプレゼントされる。 潘基文国連事務総長と会談。 報道各社インタビュー。 食糧危機・気候変動に関する潘事務総長主催夕食会。 イラクのタラバニ大統領と首脳会談。 政府専用機でケネディ国際空港発。 志位和夫委員長は、 「わが党が攻勢的に主張してきた課題が熱い争点になっている。 こんなに戦いやすい選挙はない。 勝利をつかみ取ろう」と呼びかけている。 また、民主党に対しては、 「弱点は財源問題で致命的に表れている。 政策課題に22兆円の財源が必要で、政権交代すれば財源が出るというが絵に描いたモチだ。 結局、消費税増税に行き着く。 政権の担い手だけを代えても日本の明日は開かれない」と攻撃し、 「(共産党が唱える)『民主連合政府』が求められる時代に入った。 来たる総選挙はそうした歴史的時代の最初の一大政治戦だ。 民主党がいうような最後の決戦ではない」とした。 ウーン、頼もしい!.

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【朗報】安倍晋三と麻生太郎の私邸にデモ隊が降臨

麻生太郎 私邸

都知事選の盛り上がりでここのところメディア露出はひと休みの感がある麻生太郎・財務相の意外な悩みが聞こえてきた。 吉田茂・元首相を祖父に持つ名家ならではの邸宅だ。 その麻生氏の自宅からわずか300メートル先に建設中なのが、三木谷氏の新居。 「財務官僚の守護神である麻生さんにすれば、産業競争力会議の民間議員として、規制改革に熱心な三木谷さんの存在はおもしろくないはず。 そもそもセレブ中のセレブである麻生さんと、一代で財を成した三木谷さんとは肌が合わない。 そんな三木谷さんが目と鼻の先に越してくるともなれば、あまりいい気分はしないのかもしれません」(自民党関係者) 10月に完成予定の三木谷氏の新居は、敷地約900平方メートルと麻生邸の半分にも及ばないが、それでも愚痴めいた物言いになる理由は他にもあった。 実は三木谷氏が新居を構える土地は、麻生氏と縁が深い場所なのだ。 「三木谷さんが家を建てる場所には3年前まで幼稚園があったんです。 有名小学校への進学実績も高く、政界や財界、芸能界の方のお子さんがたくさん通っていました。 そこで英語の講師をしていたのが、麻生さんの妹である寛仁親王妃信子さまです。

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安倍晋三(第2次),野田佳彦,菅直人,鳩山由紀夫,麻生太郎,福田康夫,安倍晋三,小泉純一郎首相の晩餐: 2019年09月

麻生太郎 私邸

マスコミは「30万円給付」なんて大本営発表しているが、ハードルは恐ろしいほど高い。 かりに条件を満たしたとしても、手にするのは6月頃。 なのに政府は休業を迫って生活の手段を奪った。 「このままではあの男に殺されてしまう」(プラカードの原文ママ)。 失業者やバイトを失った大学院生をはじめ、怒れる市民たちが安倍首相と麻生財務相の私邸にデモを掛けた。 人が集まることで新型コロナウイルスに感染するのでは、と危惧する世論もあった。 だがコロナにかかる前に生活できなくなって野垂れ死にする、という危機感の方が勝った。 デモを呼びかけたのはヒミコさん(20代)。 つい先日までキャバクラ2店舗を掛け持ちしていた。 まず出勤調整で仕事が減り、次は「これから1ヵ月(店に)来なくていいよ」と言われた。 現在、完全失業状態だ。 いま住んでいるアパートも2週間後に出て行かなくてはならない。 ヒミコさんの現状は、庶民の近未来でもある。 ヒミコさんのトラメガからは、血を吐くようなシュプレヒコールが響いた。 「マスク2枚じゃメシ食えない」 「休ませたいならカネをくれ」 「クーポン券じゃ住めねえぞ」 「警棒出すな、カネを出せ」 「要請するならカネをくれ」 ハチ公前をスタートしたデモ隊は高級住宅街の真っただ中を目的地に向けて練り歩いた。 65 前スレ 引用元: 最近の投稿• カテゴリー• 4,484• 3,276• 683• 362• 139• 354• 700• 126• 104• 106• 268• 176• 152• 180• 164• blog49. fc2.... アーカイブ• 308• 789• 561• 726• 651• 539• 380• 388• 188• 136• 103•

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