なんで わかっ て くれ ない の。 「なんでわかってくれないの?」そんなモヤモヤ解消法!

「なんでわかってくれないの」で思考を停止していませんか? 〜夫婦げんかの根っこにあるもの

なんで わかっ て くれ ない の

「感情」という身近ながら捉えることが難しい心の動きに気づけるようになるかが鍵である。 そして「感情」の裏にある真の「欲求」さえも気づく必要があるのだ。 本書を読むことで、自分を理解し、相手に伝える技術を身につけるキッカケになることでしょう。 僕の専門であるスリーインワンの心地図であるバロメーターを使いさらに本書の内容を洗練させていこうと決めました。 コミュニケーションの達人をめざして。 カップルや親子の事例も多く、コミュニケーションの発信と受信の双方向に目配りの聞いた内容になっている。 骨子としては、観察、感情、欲求、要求の4つの要素から、コミュニケーションを暴力的ではない方法でやっていけるように組み立てていく。 相手のコミュニケーションを受信するためには、相手と自分を信頼し、共感していくが、そのときにも相手を観察し、その感情と共感を見極め、要求を聞く、という同じステップを踏む。 そして、相手の要求を自分の感情や欲求とつき合わせて、自分自身を切り捨てないようにしながら、新たな要求をしたり、自分達の意見が一致するようにステップを踏む。 そのプロセスを、著者はダンスにたとえる。 美しいダンスに。 こんな風にできたらいいな。 こんな風になったらいいな。 自分が満足に発信も受信もできなくなっている状態であり、すがるように読み進めた。 自分に馴染ませたいから、もう一度最初から読み直す。 パートナーと一緒に読むことができたら、かなり素敵だと思う。 この本は、非暴力コミュニケーション(NVC について、具体的に説明している本です。 著者は、自らの豊富な体験を通して、たくさんの事例を用いて、大変わかりやすくNVCの4つのステップを説いています。 4つのステップとは、「観察」「感情」「欲求」「要求」です。 本の半分は、この具体的な解説といくつかの練習問題によって構成されています。 星が一つ少ないのは、自分で考える練習問題が少ないなと思ったからです。 最初、読み始めたときは、この本のように「人とのやり取りを、4つのステップに体系立てて観ていく余裕はないな」と思っていましたが、内容をよく理解していくと、自分の心の内側を見つめることが癖になってきて、心の中に起こってくることをただ観ることができ始めました。 人付き合いで悩んでいて変化を求めている方が、実践をしてみることを前提として読まれるには、最適の本だと思います。 人間関係に息詰まっていましたが、 この本を読み終わった後は 今までモヤモヤしていた自分、 また自分を取り巻く人間関係が 見えたような気がして… スッキリ、クリアーな気分になりました。 このタイトルのように周りの人たちに対して 『なんでわかってくれないの?』と受け身で 思っていました。 人付き合いをする中で人の言葉に傷つき、 恐怖を抱き、自分自身の殻に納まり、 時には丸く収まるように嘘をついたり、 なるべく人と関わりたくないと 人間関係を諦めていた自分がはっきりと 見えてきました。 けど、それでは決して幸せになれる ことはなく、理由のわからない苦しみ は続き、自己嫌悪にはまっていく一方 でした。 それがこの本を読むことで自分の根本的な 問題がわかり、このままでは幸せになれない ことに気付かされました。 この本の素晴らしいことはわかりやすく、 シンプルなこと。 幸せになる為には (観察・感情・欲求・要求) 四つのステップを踏んで 『暴力的でないコミュニケーション』 をとること。 まず、起きたことをありのまま(観察)し、 自分の本当の(感情)や(欲求)に耳を 傾けること。 そして、それを満たすためにどうするか。 相手に(要求)がある場合は具体的に どうしてほしいのか伝える。 決して強引にではなく、相手に強要させる のではなく、相手を傷つなけるのではなく 『暴力的でないコミュニケーション』を 用いて伝える。 様々な身近な実例を使ってわかりやすく 解説してくれています。 また相手に対しても同じく、言葉に 惑わされることなく、相手の本当の 感情や欲求に耳を傾ける大切さを 解いてます。 お互い、本当の気持ちを伝え合うことに よってありのなまの自分でいられること、 また気付きやより良い解決方法を 一緒に考え、更なる理解を深め、 良い関係性を作ることができます。 自分の本当の感情や気持ちを無視して 我慢していい人ぶってもどこかでツケが くるのは誰しもそういう経験はあるので わかると思います。 そして、抑えた感情は消えることはなく、 蓄積され、別のカタチでドカーンと 爆発しますよね 現社会では『暴力的なコミュニケーション』 が無意識か意図的かはわかりませんが、 決して珍しくなく、いたるところで日常的に 頻繁に使われていることに気づかされました。 学校や職場、友達、恋人、大切な家族で さえも… きっと言いたいことはシンプルなのに 言葉に感情や装飾をつけてあたかも かっこいい言葉を並べて、それらしく… 最終的には何が言いたいのか自分でも わからなくなったり(笑) 自分も今までたくさん何気ない会話でも 『人を傷つけていた、決めつけていた』と 反省しましたし、人からも『暴力的な コミュニケーション』で相当傷ついて ダメージを受けていた自分に気づきました。 だから、最終的には自分の殻に閉じこもって しまったことも理解できました。 『暴力的でないコミュニケーション』 の大切さ理解し、またそれを通して、 自分もハッピーに周りもハッピーに なることで本当の幸せへの道が開かれて 行くのですね。 確かに頭の中で理解することと 実践は違うのですが、イメージを持つ だけでも、話し方も変わり、 コミュニケーションの本質を変えようと 努力するようになります。 また人に対しても、本当の感情や欲求は 何かを考えるようになりました。 誰もが自分も幸せになりたいし、 周りの人も幸せになってほしいと思う 願いは万国共通だと思いますから、 『暴力的ではないコミュニケーション』 を通して、お互いが心地いい関係になり、 みんながハッピーになれるといいですね。 「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」で"Non Violent Communication"を知ったので、読んでみました。 NVCセミナで目覚めた著者らしく、ちょっと記述がラリッた感じで、ややノウハウ本的になり、この本だけでは理論構造はよくわからないだろうな〜と思いました。 小生の印象に残った点は以下です。 ・ 4 人への具体的な要求を、 3 欲求と勘違いすると、解決策が見つけにくくなる。 欲求の実現にはいろいろな方法があり、それを話し合いで見つけることで、相手との関係が強まる。 ・相手の悩みを代わりに解決するのではない。 共感して一緒にいると、相手が自身の欲求に気付き、相手自身の解決力が引き出される。 ・解決しなくても、欲求が何かわかるだけで、落ち着き、気分が明るくなる。 ・「怒り」は大事。 何か欲求が満たされてない証拠。 いい人は、これを「悲しみ」等に置き換えて表現してしまう。 ・二元論(ゼロサム・ゲーム)だと考えるのは古い伝統。 1 観察、 2 感情、 3 欲求、 4 要求の4ステップのみで、なぜ人間同志の共感が得られるのか?は、やはり説明されてませんが、奇跡のようにうまくいった事例はいくつも挙げられています。

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彼に「なんで分かってくれないの?」は絶対に禁句! そのワケとは?【黒川伊保子】|ウーマンエキサイト(1/2)

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どうしてわかってくれないの! 両親や職場の上司、彼氏・彼女など、身近な人ほど気持ちをわかってほしいのに、なんだかズレてる。 むしろ全否定されることってありますよね。 仕事ですごく辛いことがあって、でも会社では頑張っているから彼にちょっぴり慰めてほしくて愚痴ってみたら、 「それってこうしたら良かったんじゃないの? 悪いのは自分じゃない?」だって! ムッカー!そんなのわかってるし、誰もアドバイス求めてないし!っていうか冷たすぎるよ…。 ただ聞いてほしかっただけなのに、どうしてわかってくれないの? なんて経験ないですか? ガッカリして、怒りを通り越して悲しくなっちゃいますよね。 どうしたらわかってくれない人に気持ちをわかってもらえるのでしょうか? 実は、わかってくれない人に接するときに「あること」を知っておくだけでビックリするぐらいわかってもらえるようになります。 この記事ではわかってくれない人が最高の理解者に変わってしまう接し方のポイントをまとめました。 今まで犬猿の仲だったのが抱き合って涙を流すぐらいに豹変してしまうほど、気持ちに大きな変化をもたらす方法です。 ぜひ試してみて下さい。 まずは、わかってくれない人とはどんな心理なのか、いくつか例を見てみましょう。 イライラ!なんでわかってくれないの? 彼氏・夫が気持ちをわかってくれない 女性の気持ちをわかってくれない彼氏や夫は残念ながら多いようです。 これはよく知られていることですが、コミュニケーションにおいて平均的に女性は感情を、男性は論理を重視します。 女性同士の会話は他愛のない話題で「わかる〜」「たいへんだったね〜」と気持ちをシェアすることが目的であるのに対し、男性同士では他に何か目的があって初めて会話をするのですね。 なので、基本的に男性は用事がなければコミュニケーションをしない生き物のため、女性が悩みや愚痴を話すと「それを解決しなければ」と思ってしまうんです。 そして彼なりに一生懸命考えてアドバイスしても、女性にしてみたら「冷たい」「聞いてくれない」と受け取られてしまうというすれ違いが起こりがちです。 しかし、それを差し引いてもあまりにひどいと思うことはありませんか? 二人の子供の育児なのに全く興味を示してくれなかったら、 「少しぐらい、わかってよ」と言いたくなっちゃいますよね。 両親が仕事をわかってくれない 親子の間でもわかりあえないことは多くあるかもしれません。 特に、仕事となるとお互いに譲れませんよね。 就職活動をせっかく頑張って優良企業の内定を勝ち取ったのに、両親が知らない会社だというだけでケチを付けられるのは納得が行きません。 やりがいのある仕事を見つけて誇りを持って働いていても、親というものはなかなか認めてくれないものです。 または、家業を継いで同じ仕事をしている親子でも考え方ややり方が違って分かり合えない例は多いですね。 大企業でも壮大な親子喧嘩に発展した例がありました。 親が仕事をわかってくれないのには、どうやら世代間のギャップで価値観が大きく変わっているのが理由としてあるようです。 わかってくれない上司 上司もわかってくれない人の代表選手です。 「このプロジェクトはあなたにとって成長するチャンスだよ、良かったね」 なーんて、分かった風に言わないで! 別に成長するために働きたいワケじゃないんですから。 家族を大事にするために家計を支えたいのに、出張とか残業とか多くなったらかえって家族に負担をかけるので困る。 どうして分かってくれないの? 分かってて嫌がらせしてるの? または、結婚してもガンガン働きたいのにどうせ産休・育休でいなくなるでしょと思っているのか、大事な仕事を任せてもらえなくて悲しい、なんてパターンもあるかもしれません。 いつもやり取りしていて距離は近いようで、立場という大きな隔たりのある上司と部下。 仕事に何を求めているのか、考え方も全く変わってしまいます。 性差や世代の違い、立場を超えて理解してもらうためには、どうしたら良いのでしょうか? わかってくれない人を理解者に変える方法 わかってくれない人に理解してもらうためにたった一つ知るべきこと、それは相手の価値観です。 誰でも一番大事にしているもの、二番目、三番目…とボンヤリと優先順位を決めています。 たとえば、ここに一組の夫婦がいたとします。 奥さんは、育児が一番で、その次が家族の健康、三番目が家族が仲良く過ごすこと、を大事にしているとしましょう。 一方で、旦那さんはお金、出世、家族を養うこと、の順で考えているとしたら、どうでしょうか? この家族が休日にショッピングセンターに出かけたとき、奥さんは子供の知育玩具や絵本、健康に良さそうな自然食品に興味を示し、皆で一緒に店を見て回りたいと思っています。 それが幸せな家族の在り方だという理想を持っているのです。 旦那さんの方は、休日でもどうしたら仕事がもっと上手くいくかに頭が一杯です。 奥さんと子供がキャッキャワイワイしている間に別行動をしてビジネス本でも読んでいたいでしょう。 そして、それが愛する家族を養うために最も必要なことだと考えています。 二人共、お互いに愛情もあるし家族を大事に思っているのですが、価値観が違うために考え方や興味・行動での表現方法が違ってしまうのですね。 価値観が何から何まで全く同じという人同士はいませんから、お互いの価値観を尊重し合うことが大事になります。 そのとき、まずは自分からオープンになって相手の価値観を理解してあげましょう。 「はいはい、どーせあの人はこういう考えなんでしょ」ぐらいでは足りません。 その人の人生を尊重して、深く理解したとき、相手もあなたに心を開いてくれます。 相手が大事にしていることは何と何で、どういう優先順位を付けているのでしょうか? 何を理想としていますか? 相手の価値観を理解すると第三の道が開ける ただし、全部が全部を相手の言う通りにして自分を犠牲にするのもいけません。 相手の価値観が大事なのと同じように、自分の価値観も大事だからです。 全く価値観がかけ離れているように思えても、お互いに完全に理解して一緒に幸せになる道を考えた時に新しい何かが出てきます。 先ほどの夫婦の例をもう一度見てみましょう。 奥さんは子供・家族の健康・一緒に過ごす時間が大事で、旦那さんはお金・仕事・家族を養うことが大事だとおもっています。 具体的な形は違っても「愛する家族と幸せになりたい」という理想は一緒なんです。 そして、お互いに認めることで補い合うことができます。 お金がなければ育児をしたり、いい食事を取ったり、家族でのんびり休日を過ごすことも難しいですよね。 逆に、いくら仕事で出世してお金があっても肝心の家族がいなければ養うこともできなくなってしまいます。 相手の価値観に合わせる形で自分の理想を実現できないかを考えてみましょう。 奥さんの側からは、旦那さんがビジネスで上手く行くように健康をサポートしたり、感謝を表現して更にモチベーションを上げてもらったりできるかもしれません。 旦那さんの方からは、育児からもビジネスに役立つ学びが得られるかもしれませんし、健康に気遣ったり気持ちが満たされたりすることも時には大切です。 大事なのは、歩み寄りを相手に期待するのではなくまず自分から先に相手を理解することなんです。 価値観について、どちらが正しいか、社会的に間違っていないのかを争っても関係性に良いことはありません。 自分から負けてあげれば相手も安心して攻撃をしてこなくなります。 ただ、目指す方向性があまりにもかけ離れていたり、相手に拒絶されていたりするときには、今はお互いのために距離を置いたほうが結果お互いの幸せのために良い場合もあります。 自分から「わかってくれる人」になってあげましょう。 - わたしの人生の転機 - ここまでお読みいただきありがとうございます!ライターの高橋と申します。 一人でも多くの方に、人生をもっと楽しんでもらえたらいいな、と思いこのブログを書いています。 私はほんの3年前ぐらいまで、真っ暗闇のどん底の中にいました。 信じていた人に見捨てられ、寂しさを紛らわすように刺激的なゲームやネットの掲示板や動画を見まくり、一食にご飯を2合食べるほどの過食も止まらず、コンビニの袋だらけでゴミ屋敷寸前・・・。 人と比べては「自分はダメだ」と落ち込む日々でした。 ところが、私の先生であり、最も頼れる友人でもある佐藤 想一郎 ( そういちろう )さんに出会って、人生が全く逆の方向に回り出しました。 まだ20代なのが信じられないくらい色んな経験をしていて知識も豊富なのですが、何よりも「良い未来」を信じさせてくれる不思議な説得力があります。 そんな想一郎さんのメルマガを読んで、次々と奇跡のようなことが起こりました。 今は、過食が治り、ライターとして独立し、安定した収入を得て、一緒に成長していける仲間達とも出会たんです! もっと多くの人に人生を楽しんでもらいたいという思いから、このブログでは、想一郎さんの無料メルマガ『奇跡の扉』を紹介しています。 「人生を変えたい!」という人は、ぜひこの下の案内を読んでみてください。 佐藤 想一郎(さとう そういちろう) 株式会社ホロスパートナーズ代表取締役 ライフアドバイザー・ストーリーライター SPIRAL主催・講師 21歳でオンラインビジネスで起業。 文章を使った情報発信を研究し、1年間で1人で1000万円の利益を出す。 その実績と経験を元に、ウェブマーケティングのコンサルタントをするようになる。 26歳になると、節税のためだけに会社を設立し、その後も売上は上がり続け、年間で1億円近い結果を出す。 ビジネスを教えるようになるも、ビジネスだけ教えていても人生は良くならない人がいることに葛藤。 精神世界、自己啓発、哲学、心理学、宗教、教育などの分野を学び、それを分かりやすく教えるようになる。 お金と時間の自由を手に入れ、毎週のように旅行に行くようなセミリタイア生活を実現。 しかし、それに溺れてしまい、トラブルを引き寄せるようになる。 華やかな結果と真逆に、不幸になり、どん底の最中で「人生を学びたい」と切望。 その後、奇跡の縁を次々と引き寄せ、人生の本質(グランドセオリー)を学ぶ。 今までの知識を統合。 特に、ストーリーを使ったセールスコピーライティングに精通。 感情を煽る文章ではなく、魂に響かせる文章を研究中。 現在は、心から信頼できる仲間と共に、情報発信やセミナー講師などの活動を通して、人々の次元を上げる手伝いをする。 2020年からは「影響力がある人を増やし、本当に良いものを広げられる人を増やす」という理念のコミュニティ「SPIRAL(スパイラル)」を開始。 好きなことは、写真撮影・マジック・神社参拝・ガジェット・神秘的なもの・アニメ・ストーリー・ご縁繋ぎ。

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【名言】上司が自分のことをわかってくれない時に確認すること 「アオアシ」より

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白い犬先輩からの課題 ちょっと前に書いたエントリ、確かこれだったと思うのだけど 「察して欲しい」という、原始的な欲求 雑誌VERYの広告から - スズコ、考える。 そのときに私がの師を仰ぐ白い犬先輩から「この手の夫婦関係のネタ何回も見て来たしそろそろ総括的なエントリを書いたらどうだろうか」と助言を頂いておりまして、そのことが自分の中で一つの課題としてずっと残っていました。 きっかけとなったツイート 昨日、TLに並ぶツイートをチラホラと眺めながら、ふと考え始めたこと、それがその頂いた助言とリンクしてなんとなくまとまりそうなので今日はそれを書いてみたいと思います。 考えるきっかけになったツイートは、道ばたでいきなり我が子を触られたら怖いよねっていう話だったんだろうなと思うのだけど、その中で同年代の多いでは賛同が集まるけど年上が多いと思われるでは叩かれてるという、その中でなんでこんなに丁寧に主張しているのにわかってもらえないんだろうっていう憤りを言葉にされているものでした。 (この著者の方のツイートでした。 ) 「なんでわかってもらえないんだろう」 現状を丁寧に説明し、自分の気持ちを話し、言葉を尽くした、はずなのに相手の理解が得られない、こんなに自分が困っていると態度や言葉で示している、はずなのに相手が理解してくれない。 そんな状況に陥った時に感じる「なんでわかってもらえないんだろう」という悲しい気持ち、「なんでわかってくれないの?」という憤り、それ、一緒に暮らし始めたり、子育てが始まったりした夫婦間でよくあるやつなんだろうなと。 私が過去にあーだのこーだの書いてきた夫婦関係のあれこれも、この、「なんでわかってくれないんだろう」っていう気持ちが根底にあること、多いんじゃないかと思う。 こんなに私が辛いと言っているのに、こんなに私が嫌だと言っているのに、こんなに私が身動きが取れない状況になっているところを見ているはずなのに、こんなに私が困っていると伝えているはずなのに、なのに「なんでわかってくれないの?」 なぜ、理解が得られないのか、という理由 赤ちゃんに手を伸ばさないで欲しい、という記事の話に戻ります。 この記事の主張する内容については今回の話題からズレるのでとりあえず私の意見は置いといて、これに対するたくさんの意見のなかで、一定年齢以上の方からの賛同が得られにくいという疑問や憤りが私は気になりました。 この記事で著者の方は恐らくはご自身の手を尽くして丁寧に自分の感情やこうして欲しいという気持ちを言葉にされているのだろうと思います。 それは言葉の端々から感じられました。 ただ、それでも反論は寄せられ、理解は十分に得られない、なぜ? この記事が燃え易い要素は色々とあるんじゃないかなとは思います(言葉の使い方や画像の選び方等気になる点はありますがこういうのはトピシュさんのお得意とされるところだと思われるし私は苦手なので控えます…)が、私が今回着目したいのはそういう記事の作り方、ではなくて、記事を読む人それぞれの見ているもの、考えているもの、その、ベースになるものが決定的に違っているのかもしれない、という、背景みたいなものです。 想起するものの違い 著者の方が指摘されていた、一定年齢以上の人からの賛同が得づらいということ。 それ、一つには「知らない人から声をかけられ子どもを触られる」という状況やそれに対する心理的な垣根みたいなもの、その、ベースになっているものがまず違うんじゃないか、と思ってみたりします。 私は小さな地方都市住まいなので、今でもご近所さんや親戚つきあいが割と密な暮らしをしています。 その辺をウロウロしていても出会うのは知っている人、一見知らない人でも言葉を交わしてみるとたいてい共通の知り合いがいるという、そんな環境で暮らしていることもあり、その辺の人に話しかけられるとか会話するとかのハードルはかなり低い状態で暮らしています。 そんな土地なので、記事に出て来たような初見で子どもの足を折るような、ちょっと異常性のある方が気軽にうろうろしてない、という安心感がまずある。 でもそんな私が、旅行や遠出で慣れない都会へ出向き、知らない人だらけのところに子連れで足を踏み入れると一気に怖さが増してきます。 この中の誰が、子どもの足を突然折るような異常性を秘めた人なのかが分からない、と怖くなってしまったりするのです。 私が普段暮らしているような環境で育っていたら、またはそのような環境だけで子どもを育てていたら、そんな人たちが想定している「道ばたで知らない人に声をかけられる」という状況は著者の方が思っているそれとは明らかに違う状況なのではないか、と思うのです。 「同じ事柄」について話している、はずなのだけど この、子育て環境の違いはあくまでも一例で、内容も私がざっくり仮定したものなのでその内容について語りたいのではなくて、このように同じ事柄について話しているはずなのだけど、それぞれの人の想定している場面、状況は必ずしも同じものではないのかもしれないということ。 そしてそれは、それぞれの人の性格や経験や特性やおかれている現状、色んなものに影響をされて全く違うものになっているのかもしれない。 その、全く違うものをそれぞれが想起しながら「同じこと」を論じていることから引き起こされるズレ、がそこにあるのではないか、と思うのです。 「なんで!」で思考を停止していませんか? ベースが違うそれぞれの人が会話したり一緒に暮らしたりしているなかで直面するトラブル、意見の違い、そのなかで「なんでわかってくれないの」と思うこと、よくあると思います。 その「なんでわかってくれないの」で思考が停止してしまうこと、私はそれがとても怖いことなんじゃないか、と思っています。 自分は精一杯丁寧に説明しているはずなのに 自分の状況は相手はわかっているはずなのに こんなに言葉を尽くしているのに こんなに頑張っているのに こんなに努力している姿を見せているのに なのに「なんでわかってくれないの」 もしそこで思考を停止してしまったら。 「なんでわかってくれないの」で思考を停止してしまったら、そこから先の進む道は 「自分が悪いからわかってもらえないのだ」と諦めてしまうか、「わかってほしい」という願望を、自分の中で 「わかってくれない相手が悪い」とすり替えてしまうか、そのどちらかなんじゃないか、と。 スルーしても構わないような問題なら別に良いのかもしれないけど、自分の生活に大きく影響してしまうような事柄だった場合、前者は自分を苦しめ、後者は相手を攻撃することで相手との関係を更に悪化させ、どちらも問題の解決からは大きく遠のいてしまうことになってしまうのではないか。 そしてこの、どちらかに移行して分かり合えないという、それこそが白い犬先輩から与えられた課題の答え、夫婦間で家事や育児の負担でのやりとりで起こっている、トラブルの解決を困難にしていることなんじゃないか、と思ったのです。 夫婦間トラブルの根っこにあるもの 「なんでわかってくれないの」と思った時、そこで立ち止まって思考を止めてしまって、自分や相手を責めること、諦めること、それが必要になるほどしんどいときもあると思う。 精神的にも肉体的にも疲弊して、考えるに至れないこともあると思う。 でもそこで立ち止まるということは問題の解決にも近づけない、ということでもある。 この、問題の解決に近づかずにお互いに理解してもらえないと思っている状況、これが多くの夫婦間のトラブルの根っこにあるんじゃないか、と思うのです。 おわりに 「なんでわかってくれないの」から「わかってくれない相手が悪い」「わかってくれない相手がおかしい」で立ち止まらず、自分の説明を相手が理解していないのは、相手に上手く伝わらないのは、相手が言葉の通りに受け取ってくれないのは、相手の背景のなにかを見落としているのかもしれない、自分が慮れていない何かの事情があるのかもしれない、自分の伝え方に工夫が必要なのかもしれない、と発想を転換してみる。 それは、「伝わらない」を「こうすれば伝わる」に、「分かってもらえない」を「こうすれば理解を得られる」に、帰る分岐点になるかもしれないし、もし好転はしなくても「仕方がない」と自分の中で誰を恨むことも無く落とし込めるきっかけになるのかもしれない、とそんなことを考えています。 じゃあどう噛み砕けばその背景がわかるんだろう、については今後も考えて行きますがとりあえず過去のエントリをご参考までに。 夫にストレスを感じている、同志の皆さまへ。 - スズコ、考える。 育児のストレス、の一番て結局これじゃないか?と思ったこと。 - スズコ、考える。 オットという他人に抱く幻想 - スズコ、考える。 話し方聴き方実践をやってみた。 - スズコ、考える。 suminotiger.

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