ヘルス プロモーション の 定義。 ヘルスプロモーション

ヘルスプロモーション研究センター

ヘルス プロモーション の 定義

「ヘルスプロモーション」とは何か? 「ヘルスプロモーション」とは、リスクファクター(危険因子)を取り除いて「病気を治す・予防する」という視点だけでなく、ハピネスファクター(幸福因子)を探し、活用することで「健康」を創造しようとするもの。 1986年に WHO「オタワ憲章」で提唱され、当時コペンハーゲン大学医学部へ留学されていた国際教養学部の島内憲夫特任教授が WHOヨーロッパ地域事務局のイローナ・キックブッシュ博士との出逢いから日本へ持ち帰られたことが、日本での研究・教育の端緒となりました。 ヘルスプロモーションの理念は、医学や自然科学だけでなく、社会学的な視点を多く含みます。 その内容をわかりやすく示したものが下の図1です。 この図を見ると、中心にいる人が「健康」というボールを転がし、「真の自由と幸福」へと向かっていることがわかります。 重要なのは、健康をコントロールするのは医療従事者ではなく、自分自身であるということ。 健康診断や健康教育などを通じて、個人が自分自身で健康を高めていくこと(ヘルスリテラシーの向上)が大きな課題なのです。 さらに、その人の生活状況や環境のあり方といった社会的決定要因(SDH)にも目を向け支援していくことに大きな意味を見いだしています。 <図1> ヘルスプロモーションの成功例: 社会的な環境づくりにより喫煙率が低下 ヘルスプロモーションのわかりやすい例としてよく挙げられるのが「タバコ問題」です。 タバコが健康を害することは今や常識。 しかし、かつてはタバコの健康被害があまり知られておらず、喫煙率が高い時代が日本にもありました。 子どもの頃、親に言われてタバコを買いに行った経験がある人もいらっしゃるでしょう。 ところが、ヘルスプロモーションの結果、今ではタバコの健康被害を知らない人はいなくなりました。 未成年者がタバコを購入することが法改正により厳しく禁じられ、学校の近辺にタバコの自動販売機を見かけることも なくなり、子どもがタバコに接する機会も激減しました。 これは社会的な環境づくりにより、子どもたちをタバコから遠ざけることに成功した事例です。 健康とは、豊かな毎日を送るための「資源」 一般社会では「病気や障がいがないことが健康である」と考えがちですが、がん闘病しながら仕事を続けたり、障がいのある方々がスポーツに参加する事例を耳にすることも多いはずです。 となると、「健康とはいったい何か?」というシンプルな問いが浮かび上がります。 中学校・高校の保健体育の教科書の冒頭にも、この「健康とは何か?」という問いと図1が掲げられていますが、私たちヘルスプロモーションの研究者は、「健康とは、豊かな毎日を送るための資源である」と考えています。 つまり「健康」とは、自分で創り上げていくものであり、人によってさまざまな捉え方ができるもの。 本当に人々に届くヘルスプロモーションを行うために、私たちはこの問いを追求し、健康概念の調査も続けています。 「健康」とSDGs 近年、企業活動においても学校教育においても、国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を取り上げる機会が増えています。 SDGsとは2015年9月の「2030アジェンダ」で、国際社会が2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な社会を実現するための指針として設定された17の目標ですが、この17項目を図示する場合、図2のように表現されるのが一般的でしょう。 <図2> 一方で、WHOが考えるSDGsを表しているのが図3です。 「健康」とは、すべての到達目標に直接的あるいは間接的に関わるもの。 ヘルスプロモーションを学ぶと、WHOが作成した図3のように「目標3:Good Health and Well-being (日本語版表記:すべての人に健康と福祉を)」を中心に17項目を配するのが自然に感じられます。 <図3> WHOが考えるSDGsの図では、17の目標の中心に「目標3:Good Health and Well-being」が配されている。 SDGs日本語版では「福祉」と訳される「Well-being」ですが、ヘルスプロモーションの領域ではあえて訳さず、そのまま「Well-being」と表記することが一般的。 いち早く「健康」を幅広く捉えていた順天堂の教育 実は図3に至る考え方は決して最近のものではなく、1985年にWHOが発表した「Health for All~38の到達目標~」に構想の萌芽を見ることができます。 「Health for All」では、WHOが捉えている「Health(健康)」が医療や医学だけでなく、貧困・食べ物・教育・街づくり・パートナーシップなど、人々の豊かな生活や経済格差を越えた健康支援に及んでいることが見て取れます。 そして当時、順天堂大学が捉えていた「健康」も幅広いものでした。 島内特任教授の恩師である澤口進先生は日本で初めて「保健社会学」を提唱された方ですが、その内容は「病気の発見や予防という狭い意味の保健社会学ではなく、人の生命力、人生と生活、地域の力など、さまざまなものが含まれるホリスティック(全人的)なもの」だったからです。 それだけにWHOの図3を見たとき、私たちは「よくぞ言ってくださった!」と思ったものです。 企業や地域で活用できる 「幸福・健康感覚尺度」を作成中 現在、私は「幸福・健康感覚尺度」の作成に取り組んでいます。 尺度の項目は、「心地よく眠れているか?」「たくさん笑ったか?」「人とコミュニケーションが取れているか?」「いい人生を歩んでいるか?」など。 企業・学校・地域など調査する場が変わると目標も大きく異なるため、現場や地域の声を吸い上げながら、より使いやすい尺度や評価制度を開発しているところです。 また、昨今、うつ病対策のメンタルヘルス調査がよく実施されていますが、これはリスクマネジメントの観点から大変重要であるものの、Well-being向上のための因子を見つけ出すには不十分と言えるでしょう。 そこで現在、この「幸福・健康感覚尺度」を複数の企業が利用し、従業員がどのようなところに幸福感を持つか見極め、組織づくりに活かそうとしています。 その目的は、従業員のモチベーションを引き上げて生産性を高めること。 最近では、とくに経営側からこの要望が出てくる気風があります。 これぞまさにヘルスプロモーションのアプローチと言えるでしょう。 学生が行った「人生ゲーム」のワーク。 これまでの人生を振り返り、将来をイメージすることで、他世代への興味や理解を深めることにつながる。 「人生100年」と言われる時代 「生きていることが楽しい!」と思えるようなヘルスサービスを 本学でヘルスプロモーションを学ぶ学生には、「順天堂ほど健康を多角的に捉え、広い定義で教育・研究をしている大学は他にない」と話しています。 国際教養学部から医療保健分野に進む人は少数派ですが、どんな業種に就職しても、広い意味での健康には関わるもの。 健康経営、生産性向上、豊かな生活の基本になるのは、SDGsの中心にある「健康」です。 国際教養学部での授業の様子 私がよく学生に話す例え話に、「病院ではなく美容院に行くと健康になる」というものがあります。 美容院は保健医療機関ではありませんし、美容師さんは「この人を健康にしよう」と思ってヘアカットをしているわけではありません。 しかし、あの空間で髪を切ってもらうだけで心地よく、笑顔になれます。 そういう意味で、美容師さんは立派なヘルスプロモーターでしょう。 これからは人生100年時代。 ヘルスは病院でつくられるものではなく、日常生活のさまざまな場でつくられるもの。 専門職のみならず、自分が大切に思える人との関係の中で健康を高めることもできるのです。 医療の発達により100年生きられてしまう時代からこそ、「生きていることが楽しい」と思えるようなヘルスサービス、そして、人と人がつながることができる「居場所」の創造が鍵となります。 まずは健康支援者の概念を拡大し、「どんな状態であっても生きていてよかった」と思えるヘルスサービスを分野間協力のもと開発していく必要があると感じます。 鈴木 美奈子(すずき・みなこ) 順天堂大学国際教養学部国際教養学科 グローバルヘルスサービス領域 助教 2003年、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。 順天堂大学スポーツ健康科学部助手を経て、2015年順天堂大学スポーツ健康科学研究科にて博士号取得。 順天堂大学スポーツ健康科学部助教を経て、2019年より、順天堂大学国際教養学部国際教養学科助教。 専門は健康社会学とヘルスプロモーション。 教育・研究とともに、自治体や企業での健康関連事業・健康経営のアドバイザー、病院でのヘルスプロモーション(HPH)活動に携わっている。 日本ヘルスプロモーション学会 常任理事。 著書に「ヘルスプロモーション~WHO:オタワ憲章~」「ヘルスプロモーション~WHO:バンコク憲章~」(垣内出版)がある。

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健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける

ヘルス プロモーション の 定義

1.リテラシーと情報リテラシー リテラシーという言葉は元々、〝letter〟=「文字」を由来としていて、文字についての読み書き能力を表しています。 それは、OECD(経済協力開発機構)の国際成人力調査では、「社会に参加し、自らの目標を達成し、自らの知識と潜在能力を発展させるために、書かれたテキストを理解し、評価し、利用し、これに取り組む能力」とされています。 言い換えれば、自己実現のために、自分が持っている潜在的な能力を十分に生かせるように情報を得て適切に意思決定ができる能力です。 これは人間の尊厳を表すものと言えます。 あふれる情報の中から、自分に合ったものだけ、信頼できる情報だけを取り出して上手に利用できるとどんなによいでしょう。 そのために必要な力は、まず、様々な情報源から自分に合った適切な情報を探して「入手」する力です。 そのような情報はどこで手に入るのでしょうか。 探すのは簡単でしょうか。 多様化、高度化する社会において自分に用意されている選択肢を知ることは重要です。 選択肢を知らなければ選べず、知ると知らないでは大きな違いを生みます。 次に、見つけた情報を正しく「理解」する力が必要です。 そして、それが信頼できるかを「評価」して、選別しなくてはなりません。 そうして、信頼できる情報が手に入ったとして、今度はそれを「活用」できるかどうかです。 活用するとは、そこで何らかの意思決定をして行動に移すことです。 それができなければ情報は何の役にも立ちません。 このような、情報を「入手」「理解」「評価」「活用」するという4つの力を、情報リテラシーと呼ぶことができます。 2.ヘルスリテラシーとは? 1)ヘルスリテラシーの定義 そこで、ヘルスリテラシーとは何かといえば、「健康情報についての情報リテラシー」を指していることになります。 この見方を含めて、多くある定義を整理してまとめたものを紹介します。 健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの[1] ここでは、4つの能力にまとめられ、それは3つの場面で必要となるとしています。 症状や病気への対処などの医学的な問題に関する「ヘルスケア」の場面、病気のリスクファクター(危険因子)に関する「疾病予防」の場面、人的環境と物的環境など人を取り巻く環境を健康的なものに変える「ヘルスプロモーション」の場面です。 例えば、眠れないという訴えを持つ人にとって、「ヘルスケア」の場面では、症状の医学的な理解と対処法、医療者などの相談先の選択などが問題となります。 「疾病予防」の場面では、その「本人」の生活やストレスが問題となるのに対して、「ヘルスプロモーション」の場面では、その人を取り巻く「環境」が問題で、家庭・学校・地域・職場などでの人間関係や生活な環境が対象になります。 たとえ、リスクファクターとして強いストレスの存在が明らかになったとしても、本人だけでなく環境に問題にある場合は、その環境に働きかける必要があるということです。 本人だけを責めるのは犠牲者非難というものです。 ヘルスリテラシーは、「ヘルスケア」の場面だけでなく、「ヘルスプロモーション」でも中心的な役割を果たす概念で、環境を変えられる力、変えるための活動に参加できる力を指しています。 このように、ヘルスリテラシーは、情報に基づいた意思決定により「健康を決める力」と言えると思います。 2)ヘルスリテラシーに種類がある (1)周囲の環境によってはよりレベルの高いヘルスリテラシーが必要に ヘルスリテラシーには、いくつかのレベルや次元があるという意見もあります。 ナットビーム(Nutbeam)は、ヘルスリテラシーには3つのレベルがあるとしました[2]。 基本的なものからより高度なものまで、つぎの3つがあるとしています。 1機能的 functional ヘルスリテラシー 日常生活場面で役立つ読み書きの基本的能力をもとにしたもので、健康リスクや保健医療の利用に関する情報を理解できる能力。 2相互作用的 interactive ヘルスリテラシー より高度で、人とうまくかかわる能力(ソーシャルスキル)を含んだもので、日々の活動に積極的に参加して、様々な形のコミュニケーションによって情報を入手したり意味を理解したりして、変化する環境に対しては新しい情報を適用できる能力をもとにしたもの。 サポートが得られる環境において発揮できる個人の能力であり、知識をもとに自立して行動でき、とくに得られたアドバイスをもとに行動する意欲や自信を高められる能力。 ほとんどが集団のためでなく、個人のための能力である。 3批判的 critical ヘルスリテラシー 情報を批判的に分析し、この情報を日常の出来事や状況をよりコントロールするために活用できる能力をもとにしたもので、健康を決定している社会経済的な要因について知り、社会的政治的な活動ができる能力。 これらを言い換えると、機能的ヘルスリテラシーが情報を受ける、いわば受け身な立場でそれらの情報を理解できる能力です。 相互作用的ヘルスリテラシーは周囲の人々とうまくコミュニケーションができること、いわば、サポーティブな環境の中で情報をもとにうまく立ち回れる能力です。 批判的ヘルスリテラシーは、自分の目的の実現にとって周囲の人々や環境が障害になっている場合、置かれた状況に関する情報をしっかりと分析し、それらを変えることができる能力といえるでしょう。 健康情報が理解できても、行動に移すためには周囲の協力が必要なことが多くあります。 そのために、周囲の理解を求めて協力してもらえればいいですが、そうではないときには周囲を変えていかないと実現しないわけですから、3つのヘルスリテラシーを備えていく必要があることはよく理解できることです。 批判的ヘルスリテラシーは、ブラジルの教育学者フレイレによる「批判的意識化」から来ています。 フレイレは、「沈黙の文化」という、ブラジルの貧しい農村の人々が支配者によって抑圧され、文字を知らされず、否定的な自己像を植え付けられ、沈黙している文化を発見しました。 その解決方法として生み出された「批判的意識化」は、人々が「沈黙の文化」の存在を意識し、自分たちが置かれている状況を客観的に自覚して、それを主体的に変えていく、ということです。 それは、エンパワーメントと呼ばれ、個人や集団が、不利な状況下におかれても、本来備わっている力を十分発揮できるように、環境を変える力を身に付けるという意味で用いられています。 「沈黙の文化」は、ブラジルの農村だけにあるわけではないでしょう。 エンパワーメントが求められているところはどこにでも存在します。 読み書きは達者でも、健康や医療の情報をきちんと知らされていない、知っていても行動に移せない、環境や条件が整っていないなどの理由で、沈黙している人はいないでしょうか。 日本でも決して少なくはないように思えます。 「批判的ヘルスリテラシー」は、他の2つのヘルスリテラシーと大きく異なっていて、個人の利益だけでなく集団の利益に結び付くものです。 それは個人の能力だけでなく、集団やコミュニティの能力です。 ヘルスプロモーションは、人々の参加によって人々自身の手によって、行われるものです。 (2)科学、市民、文化の次元を考えた4次元のリテラシー ザーカドゥーラス(Zarcadoolas)らによって提案された4つの次元からなるヘルスリテラシーのモデルを紹介します[3]。 具体的にどのような能力なのかを別の角度から説明してくれていて参考になります。 1基本的リテラシー(fundamental literacy) まず、基本的リテラシー(fundamental literacy)は、読み書き、話すこと、計算能力を意味します。 情報を得るための基礎となる能力として重要です。 いくら識字率が高くて、基本的リテラシーが高くて、健康関連の用語は専門用語や特殊な表現が含まれることから、理解が難しくなる傾向があります。 特に、高齢化、医療の高度・複雑化が進むにつれ、ヘルスリテラシーの差が広がることは、健康格差につながる可能性があるため、日本でも基本的リテラシーの現状を把握し、現状にあった対策を講じていく必要があると思われます。 2科学的リテラシー(scientific literacy) 科学的リテラシー(scientific literacy)は、科学の基本的知識、技術の理解の能力、科学の不確実性(将来のできごとを完全に予見できないこと)への理解を意味します。 科学的リテラシーが重要となる背景には、急速な科学の進歩があります。 よりよい健康を維持するためにはこれまで以上に複雑な健康関連の用語やを理解することが必要となり、そのためには、からだや病気についての知識や、確率やリスクについての知識も必要となってきています。 また、科学的リテラシーを身につけるということは、科学の知識や健康関連の用語が理解できるだけではないでしょう。 それらを他のヘルスリテラシーと統合させて健康のためのよりよい意思決定につなげることを意味します。 科学的リテラシーは、日々の生活が科学や技術の発展の上に成り立っていることを理解することでもあります。 日常生活に科学が密接に関係していて。 科学が重要であることを知り、科学に対し積極的な関心や楽しさ、好奇心を持てるようになることによって、科学的なリテラシーを高めることにつながると考えられます。 科学的リテラシーを高めて健康を維持できるよう、科学に関する知識や科学的なスキルをつけるとともに、科学への探求心、自信、科学を学ぶ意義や楽しさ、科学に対する興味・関心も高められるような教育や支援体制の整備も期待されます。 3市民リテラシー(civic literacy) 市民リテラシーは、市民が社会的な問題を意識し、社会の意思決定過程に参加する能力です。 それには、まず、新聞やテレビなどマスメディアの情報を理解・活用できる力であるメディアリテラシーが必要です。 とくに、日本人は、他の先進国と比べるとマスメディアへの信頼が過剰なほどに高いことが知られています[4]。 さらに、市民リテラシーとして、人々が政府や行政などと交渉したり話し合って政策を決めることについての知識、個人の健康に関する行動や選択が社会の人々の健康に影響することの認識があります。 健康保険・介護保険などの保健医療福祉の制度や法律、その決定の方法について知っていることもそうでしょう。 市民リテラシーは、ヘルスプロモーションには欠かせないもので、とくに批判的ヘルスリテラシーを身に付けるために不可欠なものです。 日本の健康政策としては、2003年には健康増進法が施行され健康維持は国民の義務とされました。 このような日本での現行の制度に対し、私たちが健康で幸せに暮らせるために今後の制度がどのようであることが望ましいと考えられるのか、市民として関心を持ち判断し、政策決定過程に関わっていく姿勢も必要であると思われます。 4文化的リテラシー(cultural literacy) 文化的リテラシーは、健康情報を解釈し、それに基づいて行動するために、自分が所属している文化を認識した上で活用できる能力を意味します。 つまり集団の信念、習慣、世界観、ある集団に自分が属しているという感覚(社会的アイデンティティ)を認識し、活用する能力です。 例えば、地域の慣習や迷信、流行などは、エビデンスと一致しているものもあればそうでないものもあります。 他者とのコミュニケーションにおいて、あらゆる文化、階層、人種、年齢、ジェンダー、セクシュアリティ、民族、宗教の人に対して相手を尊重する能力、他の文化の人々にとっての健康的なライフスタイルの定義や健康に影響する文化の影響力などを理解できる能力です。 これは健康をめぐる文化的な多様性(ダイバーシティ)に敏感になり、それを受け入れ、学ぶことができる力です。 このように、社会の様々なしくみや文化を知ることが、自分だけでなく、みんなの健康をつくるために必要だということです。 例を挙げて考えてみましょう。 ある夫婦が授かった子どもが、障害を持って生まれてくるリスクがあることが分かったとします。 しかし、実際、その夫婦が子どもを出産するかどうかの決断は、そのようなリスク情報以外に、生まれてきた子どもが受ける社会に根ざした文化からもたらされる境遇(文化的リテラシー)や、生後受けられる医療や社会保障のありかたやそれらの将来の見通し(市民リテラシー)など、実際の生活に関係するいくつかの領域における事柄を検討した上で下されると考えられます。 このように、ここで定義されるヘルスリテラシーの4つの領域の関係は、相互に高めあったり補完しあったりするものと考えられています。 2)ヘルスリテラシーの健康への影響 ヘルスリテラシーが低いことは、健康にどのような影響をもたらすのでしょうか。 特に、機能的ヘルスリテラシー(健康情報の読み書き能力)が様々な影響を及ぼすことが明らかにされてきました。 次のようなものです。 一方、機能的ヘルスリテラシー以外のヘルスリテラシーを測定した先行研究は少ないのですが、相互作用的あるいは批判的ヘルスリテラシーが高いことと、以下のようなこととの関連が報告されています。 ヘルスリテラシーが高い人は、健康的な行動習慣を確立している。 ヘルスリテラシーが高い人は、仕事のストレスの対処において、積極的に問題解決をしたり他者からのサポートを求める。 コミュニケーションの向上のための方法 ヘルスリテラシーを向上させる要因にはどのようなものがあげられるのでしょうか。 過去の海外の研究からは、ソーシャルサポート、家族や仲間の影響、メディア利用などがあげられています。 コミュニケーションを成功させるには、対象のヘルスリテラシーや価値に応じて情報を提供して、それがうまく伝わったかのフィードバックが欠かせません。 そのための手法として最近、注目されているものに、ソーシャルマーケティングがあります。 商品を売るためのマーケティングの手法を、非営利行為のために活用したものです。 対象のニーズや好み、価値観、利用しているメディアや人とのつながりなどで、対象を分けて、メッセージの内容や伝え方を変える方法です。 ヘルスリテラシーという言葉を使う意義 最後に、ヘルスリテラシーという概念、言葉を用いる意義について述べたいと思います。 まず、従来から市民や患者の持つ力への注目はありましたが、スキル、コンピテンシーなどという呼び方では、リテラシーのように誰もが持っておくべき力という意味合いが伝わりにくいでしょう。 読み書きができるというリテラシー教育の保障は、社会の一員として生活するための人権の問題として考えられていますが、ヘルスリテラシーも同様です。 健康である権利の保障のためには、ヘルスリテラシーは誰もが持つべき能力であるといえます。 エンパワーメントという言葉も、同じ意味合いなのですが、専門家は理解できても、誰もが理解しやすい言葉ではないでしょう。 また、エンパワーされた後に残るものが何かが明確ではありません。 リテラシーという言葉はその普及度からも市民でも医療者でも理解しやすく、スキルとエンパワーメントの持つ両者の特徴をあらわしている点で魅力的だと思います。 また、疾患や健康問題を問わないで、個々人に必要な力、共通の目標として使えます。 さらに、その向上のために、広く、科学リテラシー、市民リテラシー、文化リテラシー、メディアリテラシーなど、多くのリテラシーの向上にかかわっている方々とつながることが可能です。 これは、まさにヘルスプロモーション活動に必要なことです。 また、ヘルスリテラシーを測定し、評価する意義もあります。 それが測定できればその能力の成長、発達を確認できますし、向上のためのプログラムも計画、評価可能です。 ただし、ヘルスリテラシーはすべての人が持つことが望ましいですが、残念ながらこれまでにその教育を受けられなかった人のほうが圧倒的に多く、すべての人がこれから身に付けるのは大変です。 そう考えると、それが低い人は、セーフティネットとして高い人とつながっていることが保障されていることが不可欠だと思います。 つながっている人を活用できることもヘルスリテラシーです。 Facebook、Twitter、LINE、ブログ、YouTubeなどのソーシャルメディアをはじめ、最近はやりつつあるカフェや保健室、患者図書室など様々な人がつながる場を通して、1人ひとりのヘルスリテラシーをめぐる経験についてコミュニケーションをとることが可能になってきています。 そのようなつながりや学びあいのなかで1人ひとりに合ったヘルスリテラシーの向上方法も探れるでしょう。 ヘルスリテラシーは、人々が支え合うために、つながり、学びあうという形成の重要な柱となっていると考えられます。 文献 1 Sorensen K, et al. Consortium Health Literacy Project European. Health literacy and public health: a systematic review and integration of definitions and models. BMC Public Health. Jan 25;12:80, 2012. 2 Nutbeam, D. : Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15 3 , 259-267, 2000. 3 Zarcadoolas, C. , Pleasant, A. : Advancing Health Literacy: A Framework for Understanding and Action. San Francisco, CA: JOSSEY BASS, 2006. 4 舞田敏彦:メディアへの信頼度が高いだけに世論誘導されやすい日本. ニューズウィーク日本版. 2015. (中山和弘、田口良子).

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4‐2 「21世紀における国民健康づくり運動」におけるヘルスプロモーション(財団法人健康・体力づくり事業財団):文部科学省

ヘルス プロモーション の 定義

WHO関連の用語として、上記の三つの事柄が全く同じ意味合いのものとして語られることが多いように思えるが、それには違和感を覚える。 同じものなら三つも言葉はいらない。 その違いにむしろ大切なことが隠されているような気がして、少し考えてみた。 思い切り独断的な話で、おそらく間違っている。 しかし、どこから議論を出発させたかを記録するために今考えていることを記録しておこう。 1978年のアルマ・アタ宣言で始まったプライマリ・ヘルス・ケアの運動は、先進国における植民地対策と下層労働者対策の戦後版だった。 最も困窮した層の救済に焦点があり、華々しく掲げた「すべての人の健康の実現」という視点は弱いものだった。 さらによく読めば、人々は保健予防の企画に参加は求められるが、政治参加して生活をよくするというインセンティブはあたえられていない。 同時に、発展途上国の独裁政権を民主化することに必要性は示唆されてもいない。 これはおそらくソ連がそういうものを嫌ったことによると思える。 これに対し1986年オタワ憲章から始まったヘルス・プロモーションは、ヨーロッパではすでに1970年代後半から始まり、日本では1990年代から顕著になった深刻な先進国不況とグローバリゼーションを反映して唱えられ始めたものだった。 プライマリ・ヘルスケアとの違いは、困窮した人だけを対象とするのでなく、すべての人に健康を保障しようとした点にある。 しかし、当初はアメリカ型の個人の能力向上(エンパワーメント)重視と、ヨーロッパ型の社会条件整備重視との折衷的なものになっていた。 すなわち、アメリカ型の健康の自己責任原理を容認するものだった。 例を挙げると、禁煙教育をこれだけしたのだから、それでもタバコを吸って肺癌になる人の面倒は健康保険では見られないという側面もあったのである。 日本で言えば健康増進法で国民に健康維持の義務が課せられたことに相当する。 最近ある診療所が張り出したポスターに「健診を受けるのは国民の義務です」と書いてあったのを見た。 この診療所の所長の頭の中は大東亜戦争中なのだろうか。 健診を受けない者は非国民なのだ。 それが健康を損なう社会的決定要因をなくすことの方を重視する姿勢に傾いたのが1997年のジャカルタ宣言で、翌1998年にはWHOヨーロッパ事務局が健康の社会的決定要因とその対策について総論2項目各論8項目をまとめたソリッド・ファクツを発表した。 2005年のバンコク憲章では、ヘルスプロモーションの定義の中に、健康の決定要因をコントロールするという言葉が挿入され、この傾向は確立した。 そして2010年に発表されたマーモット・レビューの学習が先進国の間に広がっている。 ここでは健康の自己責任追及の姿勢はない。 タバコを禁煙教育で止めさせるのは限界がある。 タバコを吸う時間しか自分の自由になる時間がないような楽しみのない生活から抜け出して、もっと自分の可能性を延ばすために使える自由な時間を社会的に作り出せればタバコも止められるし、生活全体が健康的になるということである。 言ってみれば、生存権に対応するプライマリ・ヘルス・ケア、健康権に対応するソリッド・ファクツ、その中間にあるヘルス・プロモーションということではないだろうか。 大変勉強になりました。 公衆衛生大学院で学びましたが、このあたりの議論はこんがらがっていました。 健康日本21は鳴り物入りで一次予防&ヘルスプロモーションをうたっていましたが、結局は第二次で二次予防に大きくシフトしました。 ヘルスプロモーションはジョンレノンと世界平和と同じくらい、年代物の様相です。 そもそも定義がわかりづらすぎですね… しかし、看護学校あたりで教えなければならない身になり、ほとんど国試にも出題されないこの分野を再度学ぶはめになりました。 健康増進法には、健康管理が国民の義務として規定されています。 健康管理ができない人が非国民呼ばわりされる日も近いでしょう。 ヘルスプロモーションという政策理念も、アメリカ型とヨーロッパ型があった、という話が腑落ちしました。 日本はどうやらアメリカ型をとったようですね。 公衆衛生大学院の先生たちは雄弁な人たちでしたが、この流れを止めようもなかったのだなと思います。 環境要因のことを、大切に伝えていきたいと思います。 まとまりませんが、記事の御礼をもうしあげたく、書き込みました。 投稿: YOKO 2019年7月16日 火 16時49分.

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