ミロ の ヴィーナス 感想。 清岡卓行「ミロのヴィーナス」で何を教えるか(「国語の授業は意味がない」になる仕組み)|えにぐま|note

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ミロ の ヴィーナス 感想

株式会社 ミロヴィーナス・ブログ 先週の新興国市場では株価が上昇した。 週間での上げ幅は6月に入り2回目。 米国中央銀行による景気支援措置や米中貿易協議の進展 を巡り楽観が広がつたようだ。 一方でドルが上昇するなか、新興国の通貨は大半が 値下がりブラジル、インドネシア、ロシアでは利下げ が実施された。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 週間での上げ幅は6月に入り2回目。 米国中央銀行による景気支援措置や米中貿易協議の進展 を巡り楽観が広がつたようだ。 一方でドルが上昇するなか、新興国の通貨は大半が 値下がりブラジル、インドネシア、ロシアでは利下げ が実施された。 今日の東京市場は株価は反落して始まりそうだ。 日銀がETFを買い入れるとの期待が高まれば相場の 下値を支えると予想される。 今週は22000円から23000円付近で一進一退となる 展開が予想される。 米国政治に対する先行き不透明感を指摘する意見も 多く米国先物が大きく動いたら日本株にも影響をも たらすことが予想される。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 週明けの相場では目立った動きは見られない。 ドル円は107円35銭前後と先週末の終値からは ほぼ変わらない。 一部、報道では日米が今週中にもハワイで会談か。 現在のところでは材料視されていない模様だ。 日銀は15日から金融政策を決める会合を開く予定。 新型コロナの影響が広がる中、会合では景気の現状 を分析して、これまで導入した企業の資金繰りを 支援する新しい制度の効果が、どの程度出ているか を点検する予定。 今週は米国経済の景気指数を中心にした株式売買 が強まりそうである。 YouTubeにて動画配信しております。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 今週の日経株価も高水準の最低売り残で臨むSQ が予想され今週から株価は25000円を目指す展開 に入ることが予測される。 今回は過熱感も気にせずに株価は強い買い流れを 予想。 シカゴ日経株価は23000円を回復しており今週には 24000円を超えてくるだろう。 只今、YouTubeへの参加を準備しております。 ミロヴィーナス代表の神企画とAIも含めてYouTube でまたお会い出来ることを願っております。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 シカゴ日経株価も21950と先週は終えている。 先週の日経株価は3月以来の高値更新して終えた。 基本的には米国株式に右に倣えで日経株価は意識 を持たない事からも今週もまた米国株式市場予想 が大事だと思う。 米国株式市場はVIX指数27と低下している事もあ り今週もおそらく安定感ある値動きが予想される。 オーストラリア豪ドルも71円と強く買い戻し入り 出していることも世界的に安定感が増している。 ヘッジファンドは先物取引きについては5月精算 も終わり現物精算は今月まであるのだが通常では 今月から来月にかけては強い株価の買いが見られ ることも予想される。 米国大統領選挙も見据えて今月から株式市場は買 いが強まるかもしれない。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 また米国中古住宅販売制約数も4月は過去最低で あり2010年以来の大幅低下だ。 昨日の東京株式市場は大幅に続伸した。 日経株価は3ヶ月ぶりに高値22000円に接近した。 昨晩のシカゴ日経株価先物は反落して終えた。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 米国ニューヨーク州は新型コロナ感染拡大が再び 広がり死者が100万人を上回っている状況にある。 23日の死者が109人と恐ろしいニュースが飛び込 んできている。 先週末の米国ダウはマイナス8ドルと大きくは、 変わらVIXも現在は変化は見られない。 シカゴ日経株価も20500と上値安定感はある。 マーケットは米国株式市場がここまで戻っている という安心感が先行している。 最後は米国のマーケットの安心感であろう。 今週1週間の相場予想としては中国の全人代も 意識されるのだが株価の200日移動平均も為替 次第ではあるが105円を割り込むならば株価は 調整することも予想される。 日本においては今週から緊急事態宣言を解除す ることから市場はそれを好感して買いが強まる ことも予想され株価は底固い動きに入ることも 更に予想される。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 VIX指数は27前後まで低下しており新型コロナ感染 拡大を株式市場は折り込み出しているように見える。 シカゴ日経株価も20700円を付けてきているのだが 果たして株価はこれを維持することができるのか。 注目したいのは原油価格である、現在1バレル34ドル まで戻していていることから見ると世界の金融市場は コロナ感染拡大からの経済後退を織り込み景気持ち直 し期待する動きに傾き出していると予想する。 ヘッジファンド決算において先物精算を今月20日頃 までに終えていることが予想されここから買いが強ま り出すこともあり得る。 世界の株式市場はコロナ感染拡大を織り込み共存して 売り買いしていくことになりそうだ。 世界の社債発行は過去最高額になっている。 (お知らせ) 只今、ユーチューブ事業に参入すべく準備を進めており まして企画等を含め慌しい日々、時間が過ぎております。 日々経済ブログにおいても今後はユーチューブに変更する ことが予定されております。 公開日は現在、未定ではありますが準備が整い次第また ご興味のある方は是非ご視聴下さい。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。 シカゴ日経株価も20600円まで戻している。 新型コロナ感染拡大から景気は減速しているのだが 株式市場は感染拡大に順応しているように思える。 足元順調に株式市場は買い戻されているのだがこの まま継続していくのだろうか。 米国経済は来年2021年も厳しい経済状況が継続する と予測されているだけにここからもう一段の上昇は 厳しいと予想している。 米国GDPももちろんだがISM製造指数を見ていると 今回のコロナ感染拡大により大きく落ち込んでいる。 景気は回復基調に戻しても株価は適正位置にまでは まだ戻らないと思われる。 株式市場は回復基調を折り込み出しても株価指数は それに着いていけないかもしれない。 株価指数がもとに戻るには時間がまだかかりそうだ。 ここからはVIX指数が下がっても株価が急激に上がり 出すとは限らないと予測する。 あまりにも経済活動が疲弊しているだけに投資家心理 は改善しても株価は実態経済を無視して買い戻すこと にはならないだろう。 ミロヴィーナス記 TUBUYAKI=個人的感想 <おことわり>(当社は第3者資産依頼の運用は行いません、投資顧問会社ではありません) 自社管理目的に個人の経済的感想(TUBUYAKI をダイアリー記録しているものであります。 当社ブログの複写、公開は固くお断り申し上げます。

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ミロ の ヴィーナス 感想

「ミロのヴィーナスを眺めながら、彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだと、ぼくはふとふしぎな思いにとらわれたことがある」 この文章は、詩人・小説家の清岡卓行(1922年~2006年)が書いたエッセイ「手の変幻」に収録された「ミロのヴィーナス」の冒頭です。 取材したのは、この作品を記述問題にした現代文の授業。 受けているのは「特進コース」の高3生たちです。 作者の清岡の文章は、次にこうに続きます。 「彼女は、十九世紀の初めごろ、メロス島でそこの農民により、思いがけなく発掘され、フランス人に買い取られて、パリのルーブル美術館に運ばれたと言われている。 そのとき彼女は、その両腕を、故郷であるギリシアの海か陸のどこか、いわば生臭い秘密の場所にうまく忘れてきたのであった。 いや、もっと的確に言うならば、彼女はその両腕を、自分の美しさのために、無意識的に隠してきたのであった」 そして、作者はミロのヴィーナスが両腕を失ったことは「 部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉薄であるようにも思われる」と述べています。 この日の授業では、傍線部が「具体的にどのようなことか、40字以内で説明しなさい」という課題が与えられました。 授業を担当している上瀧栄治先生は解説します。 「書き出しの一文には『なければならなかった』が入っているね。 これは文末強調のマーカーだ。 こういうマーカーがついているところはきっちり読んでいこう。 ミロのヴィーナスは『両腕』を失うことによって、『こんなにも魅惑的』を得ることができたわけだ。 失ったものは『両腕』、得たものは『こんなにも魅惑的』だよ。 では、これを傍線部と対応させてみよう。 『部分的な具象』イコール『両腕』、『ある全体性』イコール『こんなにも魅惑的』になるね。 けれども、問題文をよく読んでごらん。 出題者は『具体的に』という指示をわざわざ加えている。 『両腕』は具体的だけれど、『こんなにも魅惑的』は具体的とは言えないよね。 だから、君たちはこれを具体的に言いかえている箇所を探しながら読まなければいけないわけだ。 では、マーカーに注意してさらに読み進めていこうか」 授業終了後、上瀧先生にうかがいました。 「現代文の入試問題の多くは評論文ですが、難解な文章のすべてを理解できる高校生は稀にしかいませんし、そんなことはできなくてもいいのです。 必要なのは、与えられた問いに対して正解を出すことだけです。 そのためには、まず作者の主張をつかむこと。 センター試験の評論問題などはそれがすべてですし、私立大学の記述問題もそうです。 ただ、一口に主張をつかむといっても、そのためのノウハウを教えないで、『ここが主張になっている』と解説するような授業では、生徒たちは自分で主張を見つけて、正解につなげていくことはできません。 ですから私の授業では、ここが主張だということを示すマーカーに注意を向けさせます。 マーカーは長い文章の中で主張を導き出す決まり文句です。 『しかし』『だが』のような逆接の接続語、これもマーカーです。 『AではなくBだ』『Aというより、むしろBだ』のように、AとBを比較してBに軍配を上げる構文を作る語、これもマーカーです。 例や引用もマーカーです。 その直前か直後に必ず主張がきます。 『~という営みは』、『~という行為は』のように『とは』という語によって何かが定義されていたら、そこは主張文になります。 作者が読者に対して何らかの疑問を提示していて、その疑問への答がセットで示されている場合、そこは必ず主張になります。 こういったマーカーに注意して主張文を見つけて、それをつなぎ合わせていき正解に迫るというのは、客観問題だろうと記述問題だろうと、まったく変わりません」 生徒たちに授業の感想を聞いてみました。 「これまで現代文の選択肢の問題では、なんとなくという理由で答えを選んでいました。 でも、マーカーに注意しながら読むことを学んでからは、『絶対にこれだ!』という確信を持って選べるようになりました。 これまで苦手だった要約も、上手にできるようになりました」(Sさん) 「Sさんと同じように、私も現代文の問題をフィーリングで解いていました。 でも、最初に上瀧先生の授業を受けたときに『あっ、こんな解き方があるんだ!』と衝撃を受けて以来変わりました。 今では以前と比べてはるかに問題が解きやすくなりました」(Yさん) 「僕は高3の1学期に1カ月間だけ予備校に通っていました。 現代文の授業を受けたら、上瀧先生の授業のほうがわかりやすくて……。 上瀧先生を信頼して、ついていこうと改めて思いました」(Aくん) 「上瀧先生のおかげで、国語の試験の点数が安定してきました。 他校に通っている友達にも『帝京の先生の授業はすごくわかりやすいよ』と自慢しています。 その友達は『評論文は難しくて長くて、時代背景がわからないと解けない』と言っています」(Iくん) 最後に4人の進路目標について聞きました。 Sさんは経営学を、Yさんは日本文学を、Aくんは日本史か英語を、Iくんは西洋史を、それぞれ難関大学で学びたいそうです。

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「ミロのヴィーナス」はミロス島で偶然 発見された

ミロ の ヴィーナス 感想

教材「を」教える授業の在り方から、教材「で」教える授業に変えていきましょうという話を、清岡卓行「ミロのヴィーナス(手の変幻)」の授業の紹介と共にお話していきます。 教員や高校生のほか、教育実習を予定している大学生の方にも読んで頂きたい記事です。 国語科の「課題」 少し堅苦しい引用からはじめます。 平成30年公示の学習指導要領で示された、国語科の「課題」の一つです。 高等学校では、教材への依存度が高く、主体的な言語活動が軽視され、依然として講義調の伝達型授業に偏っている傾向があり、授業改善に取り組む必要がある。 相変わらず読みづらい文章ですが、この箇所は噛み砕くまでもなく、教室での場面が具体的に想像しやすいのではないでしょうか。 特に注目したいのは「 教材への依存度」という文言です。 現代文で夏目漱石『こころ』を扱っていて、先生が50分かけて「その先生の解釈」を講釈する。 生徒たちはそれを考査に出る「正しい答え」として覚えようと、一生懸命に板書をノートへ書き写す。 日常の家庭学習時間は他教科に比べて短く、テスト前によくある質問は「先生、国語ってどうやって勉強すればいいんですか?」……。 つまり、 国語の授業が、「担当教員の解釈を暗記する科目」と化してしまっている現状があるわけです(今に始まった指摘ではないのですが)。 結果、教材を通して何か身につけるわけではなく、 教材「を」覚えるだけの授業に終始してしまうことになります。 そして皮肉なことにこの方法で授業をする以上、 授業をする当の教員も、同科目を一緒に担当している教員と「正しい」答えを共有するために、「指導書」に頼ることになります。 その結果、さらに教材への依存度が高まるという悪循環に陥る。 このような考査のための国語を「 暗記国語」と私に呼んでいます。 この「暗記国語」はその授業、その考察内での評価であれば問題なく済みますが、応用性がありません。 したがって当然、外部のテストや模試、そして大学受験ときわめて相性が悪く、「 学校(読んだことのある文章)のテストは出来ても、模試(実戦問題)になると全然手が出ない」という事態になります。 そうした生徒たちは、学力テストによる大学入試を極度に恐れてしまい、学校の成績を高く維持することに専念して、学校推薦型選抜(指定校推薦)を狙う傾向にあります。 また一方で学力テストによる入試を考えている生徒にとっては、授業で学んだ内容が学内の評価以外では役に立たないことに不満を覚えます。 その結果、「 学校の国語の授業なんて受けても意味がない」という批判が生まれることになります。 これが、今日まで国語の授業が「要らない」「役に立たない」と学び手に言われ続けてきた理屈だと思います。 象徴的な話があります。 大学生に「高校の数学では何を習った?」と聞くと、「三角関数」とか「微分・積分」といった単元名で答えてもらえるのですが、「高校の国語では何を習った?」と聞くと、「『羅生門』」とか「『こころ』」といった教材名で答えがかえってくるのです。 高等学校に限らず、中学校でもこうした「暗記国語」の授業は日本中に蔓延しています。 こうした授業のあり方の全てが悪いとは言いません。 しかし、この手の教材依存型授業の実践者は、自分が行っている授業で当然想定できるはずの欠点や課題について無自覚であることが殆どです(おそらくその教員自身も、自分が生徒だったときに同じような授業を受けてきたことが原因だと思われます。 ただしこれは原因とはなっても、言い訳にはなりません)。 極端に言えば、考査は初読の文章で出題して、授業で身につけた力を問うスタイルでも良いわけです。 授業で扱った文章を考査で問うのは慣習であって、本来は積極的意義を見出した上で採用するスタイルのはずです。 こうした現状が、「課題」として新学習指導要領に載るに至ったことは、極めて恥ずべきことだと言わざるを得ません。 大学入試改革や新設置科目まで様々に批判を浴びている新学習指導要領ですが、私はこの点に関しては深く同意します。 そして、何とかしなきゃいけないと強く思います。 新指導要領が300ページ近い「解説」の中で指導事項を具体的かつ細かく指示するという前例のない様相を呈しているのは、ある種、現場の教員に対する不信が反映されていると見て良いでしょう。 教材「を」教えるのではなく、教材「で」教えるにシフトする。 国語科の教員免許を取得した人間ならば、そんなに難しい話ではないはずです。 清岡卓行「ミロのヴィーナス」の場合 高校2年生1学期でよく扱われる清岡卓行「ミロのヴィーナス」ではどうでしょうか(ここからは、本文を一緒にご覧頂いたほうが宜しいかと思います)。 この「評論文」は、書かれてあることがどういう意味かの説明に終止してしまう授業に陥りがちな教材の一つです。 そこで、やはり「 この教材で何を教えるか」という指導内容を明確化しておきたいわけです。 まず、教科書の発問を手がかりとしたいと思います。 例えば三省堂『精選現代文B(現B324)では、本文の後ろの「学習の手引き」で次のような問いかけがなされています。 一 この文章は三つの部分に分かれている。 それぞれの要旨をまとめてみよう。 二 次の表現はどのようなことをいっているか。 わかりやすく説明してみよう。 」とはどういうことか、筆者の考えをまとめてみよう。 (頁数・行数は除いた) これを見ると、一は文章全体の構成の把握と、要旨をまとめる活動。 二と三は内容説明、とくに抽象的な内容を説明するというものです。 そうすると、ミロのヴィーナスは「具体」とか「抽象」といったものを教えるのに適した教材であるように見えます。 本文でも、「具象」や「全体性」といった言葉が用いられています。 ところが、このことが事を複雑にします。 そのため、「具体と抽象」といった読み解き方を指導するには少し難しい(ややこしい)教材ということになります。 この教材の難しさはまさにこの点にあるわけです。 では、どうすれば良いでしょうか。 本文と発問をもう少し丁寧に見てみると、二も三もその解答プロセスの中に 「言い換え(換言)」が含まれる点で共通しています。 順番に説明します。 二 「部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉迫」 これは、次のように文の要素を3つ取り出して、それぞれ 本文中の別の言葉で言い換えることで理解する方法が有効です。 (27文字)」という説明が可能になるわけです。 「二」に傍線部を引いて30文字で換言させる問題が作れるわけですね。 三 「ほかならぬその欠落によって、逆に、可能なあらゆる手への夢を奏でるのである。 」 「その欠落」という指示内容が「両腕」を指すことはすぐに判断できます。 難しいのは後半で、「逆に、」のロジックを理解すること、「可能なあらゆる手への夢を奏でる」を言い換えることです。 「逆に」という表現は、つい「逆説」を用いて説明したくなりますが、本文中に「ぼくはここで、逆説を弄しようとしているのではない」と断られています(実際に指導書も「逆説」と「逆接」の意味の違いを指導するといった記述に落ち着いています)。 ここは、先にある「ほかならぬ」を踏まえ合わせて、「~~からこそ」の表現を使って説明することにします。 「逆に」=「両腕が無い からこそ、両腕を想像(暗示)させる」 「可能なあらゆる手への夢を奏でる」の箇所は少しステップをあげて、本文中の言い換え表現を探すだけでなく自分の言葉も用いて言い換える必要があります。 (65字)」の説明が完成します。 選択肢で問うか、頑張る学校なら記述で、といったところでしょうか。 他の箇所の言い換え このように、 本文の中核的な問いが生まれる箇所において、その解答プロセスに「言い換え(換言)」の知識及び技能が必要となることがわかります。 これを、この教材を通して教えたいこととして設定する。 そうすれば、 「書かれてあることを説明することに終始する授業」においてまさに教師がしている説明を生徒自身に取り組ませることで、授業で身につける力とすることできます。 本文ではこの他にも「言い換え」を問うのに有効な表現が多くあります。 「特殊から普遍への巧まざる跳躍」 「生命の多様な可能性の夢」 「おびただしい夢をはらんでいる無」 「限定されてあるところのなんらかの有」 「生命の変幻自在な輝き」など こうした教材研究を経たならば、教員は「今日からミロのヴィーナスっていう評論を読みます」ではなく、「 今日からミロのヴィーナスという評論文を通して、皆さんに言い換え表現の読み解き方を学んでもらいます」と導入できるのです。 おわりに 今回は「ミロのヴィーナス」を例に、指導事項を念頭に置いた授業構想の一部をご紹介しました。 逃げ口上のようですが、今回の記事はあくまで一例であって「『ミロのヴィーナス』は『言い換え』の単元として扱え」という趣旨では全くありません。 本文には指示語が多くあるので、それを教えても構いませんし、学習の手引きの「一」を拾って、文章の要旨をまとめる活動を中心に据えても良い。 また当然、「具体と抽象」を説明する教材として扱ってもよいわけです。 大事なのは、 教材を通して指導する内容を明確化するという教材研究の在り方です。 おわりに、私がこの教材を扱った最後にする発問をご紹介しておきます。 わりと熱心に考えてくれる生徒が多いです。 問:この「ミロのヴィーナス」は、ある別の教科書では「手の変幻」というタイトルで掲載されています。 あなたは、タイトルとして適しているのはどちらだと思いますか。 理由もあわせて答えて下さい。

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